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カフェ2階の自宅に移動した清水は、クローゼットの奥からナイロンを被せてハンガー掛けしていた『アレ』を取り出した。
黒のダウンコート。
涼真のみならず清水にとっても見るだけで忌まわしい記憶が鮮明に思い起こされる不快の象徴。
涼真の両親を殺害した妖怪が着ていた物だ。事件当日の終息直後、屋外に落ちていたそれを警察に没収されるより前に拾い、さも私物であるかのようにして自宅へ持ち帰ったのだ。
この行為に明確な意味は存在しない。「後々役に立つかも」くらいの軽い気持ちだった。
しかし今こうして手にし、償いには程遠いものの役立ってもらおうと向き合っている。
本人すら自覚不足の非公認ながら、さすが予知能力に長けた清水健一であった。
さて今回清水がこのダウンコートをキーアイテムに取り上げた確たる理由。
ながら作業をしつつ経緯のおさらいを始めた。
人の形をし、腕が8本ある妖怪だった。涼真は当時クモのようだと例えたが、クモの脚は8本。アイツは足も含めれば10本。
涼真との回顧時に清水は「どちらかといえばイカだな」と想像。イカは腕が8本、残り2本は触腕と呼ばれる……と、ここで脱線を自覚。今も今後も不要のどうでもいい記憶だ。
あの妖怪、更には三つ目で、ビジュアルだけは強烈。脳裏に強く焼きつき、ゆえに嫌でも容易く想像してしまうのが原因だ。
遡り過ぎた記憶の糸を切り捨て、最近のものを手繰り寄せた。
クモだろうとイカだろうと何だって構わないが、着ていたダウンコートにはまだ禍々しい気が残っているらしい。
魔族の広瀬は邪悪な気配を読み取り、隠していたコートの存在をあっさり見抜いたから。
この出来事と、先日のやはり広瀬の言葉。「妖怪を誘き寄せるには怨恨が一番」をヒントに今回のプランを思い付いた。
涼真の心を痛め付けた妖怪は憎いが、今回利用しようと目論む妖怪に恨みや憎悪はない。むしろ協力者になって思考通りに動いて欲しいと願うばかりだ。
涼真にあの日のダウンコートを見せたくも話題に出したくもない。それがひとりで計画を遂行しようと嘘をついた理由。
加えて後村伸二に薬を飲ませ余計な騒動を招いた張本人として責任も感じていた。単独で埋め合わせをし完遂したい。
10月下旬の18時。清水健一はエプロンを脱ぎ、秋の夜風から身を守る上着を着込んだ。
そうしてスマホとダウンコートとライターを持参しカフェ『小庭園』を出発。
ターゲットの少年が好きなギリシャ神話。登場する英雄や姫君たちが星座となり夜空を彩るその下で、少年宅を探しつつ夜の歩道を進むのだった。
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