13人が本棚に入れています
本棚に追加
*
一時間後、後村宅前に戻った清水は、再び見上げた窓のカーテン越しに灯りを認めた。
青色のカーテンだ。妹がいると先刻教わり、たぶんこの右側が男部屋だろう。伸二の部屋であってほしい。そう願う。
清水には早々に事を終えたい理由が存在した。
後村少年の性格的に広瀬やハッピー、そして自身が得た特殊能力に関する記事を、SNSもしくは将来の就職希望先と話していた出版社のサイトへ送信するのではと予想したからだ。
すでに送信済みかもしれず、逆の可能性も捨てず。だからこそ彼は前進を続けていた。
とはいえ魔界の王子様だとか鴉が日本語を話すなんてマニアのみ喜ぶ怪しい話ではある。
だとしても送信の影響により広瀬やハッピーの周囲に野次馬が押し寄せる状況は大いに起こり得る。
どんなに無害に見えようと油断大敵。ふたりを守るために決断した作戦であるのだ。
清水が重要視しているのは後村の動物と会話できる能力。
他人から信用される物でなくとも、役立つことがあったとしても人間には不要の力。人の世の摂理を崩してはならない。
この能力を与えてしまったのは妖怪や霊が見える薬をまさか会話まで、と知らず飲ませた清水自身。
後悔と責任を背負い自ら解決させるべく、店員・涼真の「協力します」との申し出を嘘でやり過ごしこうして単独で動いているのだ。
当初は涼真の平穏のため伸二に妖怪を目撃させ恐怖を植え付けてオカルト信者から卒業させる目的であり計画だった。だが地縛霊なんて存在しないのか、妖怪も含めいまだ音沙汰なし。
期待通りに事は進まず変更を余儀なくされ、それならば自ら妖怪を呼び寄せよう、というのが今回の計画。
広瀬とハッピーも『守るべきリスト』に追加した清水の一石二鳥作戦だ。
朝晩の寒暖差激しい10月の夜。増し始めた寒さのなか、街灯の明かりを拾い行動開始。
まずはダウンコートを紙袋から取り出して、無造作に地面へ置いた。
このダウンコートは涼真の両親を殺害し、広瀬が仇を討った妖怪が着ていた品。
最近の妖怪たちは怨恨でしか姿を現さないと広瀬より聞き、真っ先に思い出したダウンを利用して誘き寄せる道具とした。
妖怪の体臭がまだ染み付いた服を燃やせば、仲間を燃やされたと勘違いした妖怪たちが復讐のため姿を現すのでは。これが作戦の根幹をなす部分。現れてくれなくては何も始まらない。
そうして清水店長、「放火犯じゃありませんからね」と内心で呟きながら、これまた持参品のライターでダウンに火をつけた。
素早く逃走のつもりが、初めて顔色を変えて思わず見いってしまった。
ダウンコートは熱と臭いを発して火だるまとなり、点火者と辺りをオレンジに染めたかと思った瞬間に跡形もなく視界から消えた。夢か幻か、我が目を疑う光景だった。
黒く焦げたコンクリートだけが計画の目撃者となる。
これしきのことで妖怪が来てくれるだろうかと根強い疑念に駆られるも、服の繊維片も綺麗に消失し証拠が無となった点に関しては救われた。
妖怪の嗅覚が動物並であることを望み、かつて自分も目撃し恐怖したひとりとして伸二以外の人物にはどうか見えないようにと祈る。
優しさも抱きつつ、悠々と自宅方面へ足を進める罪深きカフェ店長であった。
最初のコメントを投稿しよう!