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そのころ2階の青いカーテンの部家で後村伸二は聞いたことのない高く早い胸の鼓動を自覚していた。
最大級の興奮に支配される傍ら、就職を希望するオカルト雑誌の公式サイトを開き投稿ページを眺める。清水店長の予想通りであった。
自身が今日体験した鴉との会話や攻撃魔法を使う広瀬という王子についての記事を投稿しようとしていたのだが、興奮が原因か何度書き直しても支離滅裂。
掲載の自信は100パーセントあるのに文章が上手くまとまらない。
「あーーっ!書けねー!もういいや、落ち着いてからにしよ」
ベッドにスマホを置いて、自身は仰向けに横たわり瞳を閉じる。
けれども落ち着くどころか様々考えてしまい、投稿は二の次となってしまった。
広瀬っちはどこの王子かな。やっぱ魔界だよな。
あのカラス語尾に「~ス」とか付けておもしろかったなあ。
オレこの記事が採用されたら即編集部からスカウトじゃね?高校受験なんかしなくてすむかも。
ニヤニヤが止まらず、妄想はさらにエスカレート。
すでにハッピーという名があるのに知らぬが故か独自に鴉の名を考え出した。
「うーん、カラスか。黒いしなあ。カッコいい名前を……ん?」
独り言を打ち切った。なにか突然ザワザワと声らしきものが聞こえたから。
思考を消して集中する。日中は雑音に埋もれて耳に入らぬ国道を走る車の音が聞こえてきた。それが去るとまた……。
「声……だ。祭りの時みたいな、大勢の」
ハロウィンの仮装パレードにはまだ早い。それに中心街ならまだしもここらでパレードなんてあり得ない。
ベッドから起き上がると、カーテンの端を少しだけ摘まんで窓の外をそっと覗いた。
「わっ!……わ、スゲー……」
先頭から最後尾まで30メートル程度か、家の前の道をすし詰め状態で歩行する集団。
その姿は多種多様。赤や緑などカラフルな肌。身長も大小バラバラ。形も統一性がない。
角や羽を生やした者がいる。だるまみたいなものがぴょんぴょん跳ねている。しっぽを生やした者、頭部がふたつある者、二足歩行のキツネに似た動物も……。
日本中がハロウィンで賑わうこの時期に、仮装という紛いものではない本物の妖怪が現れたのだ。
100体に迫りそうな人外集団が夜道を歩行している。それなのに近所の誰ひとり気づいていないようだ。
「ヤベー、スゲー、やっぱ妖怪は存在するんだ!特殊能力に目覚めたオレに会いに来てくれたんだ!……あれ?何してるんだろ」
一部の妖怪が後村家の前で円陣を作って中央の何かを見下ろしている。
隣同士顔を見合わせて状況を推理し囁きあっているようにも見える。後方の者が自分も見たいと割り込んでいる。
本当に何を見ているのか。後村も中央の何かを覗きこんで正体を確認したくなった。
決断は早く、怖いもの知らずな彼は妖怪たちとの対話に踏み切った。根拠のない自信がそれを生んだ。
階段をバタバタ下りてリビングルームでテレビを観る両親に「ちょっと家の前まで」と廊下から声を張り上げて外出。
弾むようなトーンの理由は何であったのか。答えの解らぬまま、それが両親と妹が聞いた伸二の最後の声となった。
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