#4 百鬼夜行(6)

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* おしぼりや伝票用紙など、買ってきた品を棚に片づけながら、店員はふとクエスチョンマークを頭上に浮かべた。 「そういえば広瀬さん水曜日の来店は珍しいですね?」 「今日はここで待ち合わせなんだ。涼真君も一度会ったことのある女性だよ」 「女の人ですか?五月さんとはたくさん会ってるし……実里(みのり)さんですか?」 清水家長男の嫁で女優の実里の名を挙げる。 このカフェで開いた次男夫婦の双子の息子たちの誕生日パーティーで一度会ったきりなのだ。 それに彼女が好きなスマホゲームの推しキャラが涼真にそっくりらしく、三次元の方も気に入ってくれていると聞いていたから。 ちなみに実里の1歳になる双子の娘たちはパーティーの際に涼真の愛犬ゴジラに一目惚れしている。 「涼真君、対面してのお楽しみです。私も久しぶりなので楽しみなんですよ」 広瀬に同行を訴えていたが中々実現せず、清水家三男・健一にとって数年越しの成就。 心待ちにしていた再会とあって、話に加わる表情には微笑が絶えない。 ほどなくして現れた人物はブロンドの髪と透けるような青い瞳のスレンダーな女性。 涼真の脳裏にすぐさま先月の記憶が甦った。 女性が美人だからではなく、彼女が起こした数々の不思議な言動の印象が強くて。 「あ、ウサギ捜索の時の」 「覚えていてくれたの?ありがとう。美羽(みう)といいます。美羽・プラウド・広瀬です」 「松原涼真です。こちらこそあの時はありがとうございました。えっと…広瀬って、もしかして」 「うん、妻だよ。僕の愛する奥さん」 愛の告白付きで補足したのは一足先に来ていた旦那さま。 結婚して30年になるというのに愛情表現を欠かさない、常に新婚当時の真摯な気持ちを保持する人物だ。 余談だがこの夫婦、容姿も当時から変わっていない。 かねてより話題に上がっていた噂の奥さんに会えて嬉しいが、少年の頭の中ではいまだあの強烈すぎた記憶が占拠する。 しかし素性が判明したことでようやく納得だ。鳩やウサギといった白色動物との不思議な会話風景は夢じゃなく現実。 悪魔である夫が黒色動物と会話ができるように、天使である彼女もまた同種の能力を持っていたのだ。 さて人数も増えて横一列のカウンターでは会話が遠いと清水店長は判断。提案を発表する。 「場所を移しましょうか。皆で対面して座りましょう。涼真君、ボックス席に移動するのでおしぼりの準備をお願いします」 「はい店長。ゴジラは美羽さんにはじめましてのご挨拶だよ?」 「ばう!」 「あら、返事ができるのね。お利口な子。ゴジラちゃん、隣にどうぞ」 「ばう!」 * 本日水曜日。なんでも屋をお休みにして店を貸し切りに。 カフェだけどカフェだけではない、不気味な薬を駆使して何かを起こす不思議なお店。 けれど恐ろしい結末をもたらすことの多いホラー要素とは今日は無縁。楽しさだけが店内を満たす。 「にゃーん」 可愛いおヒゲで感知したのか、ひょっこりドアの前に現れたのは黒猫ラッキー。彼女も笑顔の集団に仲間入りだ。 「店長さんの淹れるコーヒーやっぱりおいしい。お芋のタルトもいい甘さね?」 「美羽の料理も美味しいよ?僕は君のすべての手料理が好きだよ」 「広瀬さん本当に奥さんが好きなんですね」 「以前からこんな調子で、私はふたりのノロケ話を聞くのが楽しみなんです」 「にゃにゃ!(私と涼真の関係と同じだわ!私も涼真の手料理が大好き。愛し愛されてるからなんだわ!)」 「ばぅばぅ(涼真パパはボクにも毎日美味しいゴハンを作ってくれる。ボク残したことないよ!)」 温かいコーヒーとスイーツをお供に、4人と2匹による談笑やノロケ話に花が咲く、お昼前のひと時。 窓際で秋の陽射しを浴びながら、その温もりに負けず劣らず今日もアットホームなカフェ『小庭園』。 明日も明後日も、お客様が変わろうと今後も今日のような癒しの場を提供するのであった。
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