#1 ハチミツ(3)

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瞬時にふたりの後ろ姿へ女の懺悔が飛んだ。泣き声だった。 罪状の把握はいまいちしきれていないが、とにかく謝罪だ。 拳で瓶をドンドン叩いて相手の注意を引きながら、アカリは絶えず涙を流して精一杯声を張り上げる。 「いやっごめんなさい!ごめんなさい!戻ってきて、いやっ‼」 かろうじて聞こえる声に清水は反応し、アカリが好きだった魅惑的な笑みを見せた。 「明日の朝には会いにきます。さようなら」 「待って!行かないでっ!きゃあっ、やっ、いやああぁぁっ!!!」 最後の悲鳴は瓶の中に蛾が侵入してきたから。 今のお人形サイズのアカリ目線では生物学者が論文レベルと喜ぶ新種の超巨大生物だ。 ブンブン両腕を振って払い除けながら、彼女は次々と襲来する未知の恐怖により前ぶれなくふうっと意識を失った。ハチミツの池に全裸の身を沈めて気絶。 この後に訪れる末路は、清水の予言通りとなった。 わざわざ再来する気のない彼は、後片付けを別に譲った。 その延長にあたるものが予言。涼真に語った内容は以下の通りだ。 「鳥さんについばんでもらいましょう。弱肉強食です」 予言者を自覚しているはずもなく、まさか実現するとは現段階で、いや後々まで思いもしない。もっと言ってしまえば結末に興味もない。 このいい加減な予言の的中現場を翌朝目撃したのが、店長たちとは親しい関係にある子鴉ハッピー。 後日ハッピーは動物と会話のできる広瀬に幼さの残るピンク色の口の中を見せながら次のように語った。 「知り合いの鴉が虫まみれの人形みたいなのをくわえてたんス。はじめは…手スかね、少し動いてたんス。けどくわえてた頭の部分を噛み切ると動かなくなったんスよ。雑食のオイラでもあれは食いたくないっス」 不気味なこの話を常連客の広瀬から教えてもらった清水店長は、静かに苦笑。 虫まみれの物体の正体も不明とあって「ハッピーさんに同意です。気持ち悪いですね」と返答した。それだけ。 アカリとの日々で使用したカツラや自身と彼女の衣服は処分済み。 そんな記憶すらとっくに薄れていた頃の話であった。
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