13人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
#1 ハチミツ(1)
ここは一見カフェのような、いや事実カフェでありほとんどが飲食を目的に来店するのだが、何でも屋『小庭園(プチ・トリアノン)』としても認識されている。
いつからか探偵まがいの仕事もこなすようになり、ネット検索するとその肩書きできちんと店名が表示される。
初夏6月、アイリスとカラーが初お目見えし、店内を明るく色付けたこの日。
どこで知ったか、今日もカランコロンとカウベルを響かせて開店直後のドアを開ける依頼者が。
「いらっしゃいませ」
「あ、こんにちは。……ここ、調査所ですよね?」
「本業はカフェですが探偵事務所と呼ぶ人もいます。ご自由にどうぞ」
エプロンを身に着けた、こげ茶色の髪の男がカウンター内で微笑み、席をすすめる。
しかしどうしてかお客様はポカンと立ち尽くしたまま。
理由を尋ねてみると……。
「いやあの、もっとおじさんを想像してたから若くてビックリして」
「ここはサプライズ成功と喜ぶべきでしょうか。さて、お困りごとは何ですか?」
20代半ばの男ふたりは互いにフッと笑った。
そうして一気に打ち解けたのか本題の開始。依頼主はカウンター席に座って軽く身を乗り出した。
「単刀直入にいきます。彼女の…アカリっていうんですけど、浮気調査をお願いします」
「わかりました。ではこの紙に知りうる限りのアカリさんの個人情報をお書き下さい。他には決して洩らしませんのでご安心を」
丁寧に説明し、様々な質問の書かれた用紙とペンを差し出す。
依頼主は無言で受け取るとさっそく紙とにらめっこ。せっせとペンを走らせた。
途中ペンを止めたのはおかしな項目を見つけたから。
チェック欄の『浮気調査』と『蜂の巣駆除』の間に『妖怪退治』の文字が。
ユーモア満載だなとニヤッと笑い、浮気調査を丸で囲んで次に目を通した。
左利きなんだな、とカウンター内から眺めつつ、温厚そうな雰囲気を漂わせる青年は依頼主にはサービスのコーヒーを手際よく淹れる。そうしてふと思い出した。
「申し遅れました。私はカフェのマスター・清水です。なんでも屋も私の担当です」
「あ、こちらこそ宮崎祐希といいます。えーと、書きました。こんな感じでいいですか?」
「はい、ありがとうございます。涼真君!いいですか?」
「はい店長!」
若々しい声と同時に奥から現れたのは、15歳前後のアイドル顔した茶パツの少年。店長より明るい茶色だ。
平日午前なのに学校は?と宮崎祐希は不思議そうに首を傾けたが、不登校は珍しくもない。
たぶん定時制の夜クラスで昼はバイトなんだろう、と勝手な想像を膨らませる。
店長は少年に書類のコピーを頼むと今度は依頼主に向き直った。
「宮崎さん、もし彼女が黒、つまり浮気をしていたならあなたはどうしますか?」
「別れます。明るくていい女だけど、浮気は許しません」
「わかりました。では最後に彼女の写真を何点か頂けますか?」
すると気の利く涼真少年が備品のスマホ片手に近寄り、LINEへの受信を確認。あっという間に3枚の写真を保存した。
少年はそのあいだ宮崎の好奇の視線に気づいていたが、慣れているのか無視である。
こうして作業は終了。宮崎祐希は頭を下げて来たとき同様カウベルを響かせ店を退いたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!