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雨と木
「大雨警報でちゃったかぁ」
今日は部活の大会だったけど、延期の連絡が回ってきた。
「桃華さん、中止じゃなくて延期なら、いいじゃないですか。お父さんは行けなくなりますけど……」
「来なくていいしぃ」
中学になってまで応援に来てもらうのは、少し気恥しい。
「娘の成長を見るのは楽しいものです。お父さんの楽しみを奪わないでください」
「勝手に楽しまないでよぉ」
「そういう風に口ごたえするようになった成長も楽しいですよ」
「そうよ。パパを大事にしてあげて」
「はーい」
お母さんがお父さんの擁護をしてきて、しかたなく返事をした。
一人っ子の私には、協力者がいない。親に対抗するという協力者が。
親は絶対的な存在で、逆らうことなどできない気がしてくる。
それに、仲が良い二人に疎外感を感じる。
いたたまれなくなった私は、自室へこもろうと、ため息をついてリビングのドアに手をかける。
そのとき、お父さんが声をかけてきた。
「桃華さん、お絵かきしませんか」
「え?」
「あら、いいわね。今日は暇になったし。私もやろうかな」
「いいですねぇ。ママもやるなら、写生大会しませんか。部活の大会の代わりに」
「え……、じゃあ、色鉛筆とか持ってくる」
『代わりになるかよっ』と、思ったけど、流れ的に拒否れないムードになってしまい、私は自室から画用紙や筆記用具をリビングに持ってきた。
「どの果物描こうかしら……」
お母さんは、モデルになる果物を探してるようだ。
お父さんは鉛筆を私から借りると、窓へと向かい、カーテンを開けた。
窓に、庭の緑が広がった。
なんでだろう。激しい雨の中ただずむ、緑の葉をたっぷりとつけた木に、胸を打たれる。
それは、周りの環境など意にかえさず、力強く緑を輝かせているように見えるからだろうか……。
(私は、この木のように頑張ってない……。もう無理だとあきらめて……)
木を見つめていたら、涙がこぼれてきた。
「桃華さん、良かったら、話聞きましょうか」
私が泣いているのに気づいたお父さんが優しい顔を向けてくる。
ああ、この顔に、なんでも話してしまいたい気持ちになる。
思春期の娘の前でいちゃつくのをやめて欲しいと思うことや、数学が理解できないことや、学校でも独りぼっちだということを……。けど……。
「大丈夫」
私は、窓のそばでお父さんの隣で絵を、雨の中の木を描きだした。
自分の弱みをさらけ出したら、なんだか親よりも下であることを認めるような気がする。
「そうですか……。桃華さん、私はいつでも、桃華さんの味方ですからね。いつでも、桃華の幸せを願っていますよ」
「ありがとう……」
「私もそうよ。桃華が一番大事。一番大好き」
お母さんに久しぶりに抱きつかれて、一瞬体がびくりと反応した。
「パパはその次に大好きよ」
「ありがとうございます。私も二人とも大好きです」
お母さんの上からお父さんが抱きついてきた。
なんなの、この状況は……。
笑いがこみあげてきて、いつしか涙は笑い涙に変わった。
久しぶりの親の温もりは、私の心まで温めてくれたのだ。
私は、私の心は、親の愛情という雨にずぶぬれにされ、黒々と渦巻いていたものが洗い流されていく。
雨に打たれ続ける外の木は、恵みの雨を受けて、輝きをましていく……。
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