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雨の音が間近に聴こえて、はたと目を開ける。
しかし焦点がどうも上手く定まらず、幾度か瞬きをした。
「ーー」
眼前に誰かがいるらしい。
目を細めるが、靄がかかる視界にはぼんやりとした人影しか映らない。
何かを言っている様子ではあるものの、言葉としては伝わってこなかった。
こんなにも雨の音は煩く聴こえるというのに。
何故、私はこのような現状にあるのだろう。
やまぬ雨音が鬱陶しくなってきた頃合、ふと雨音が消えてひとつの音だけが鮮明に聴こえた。
「ーーび、しのび…!しぬな!」
しのび?
…あぁ、私は、忍び。
そうか、私は、お守りできたのか。
そこまで考えが至ると視界も少し拓けてきて、夜のどす黒い曇天と見詰め合う。
そして、雨の音がやけに近く聴こえたのは、己が地に横たわっているせいだと気が付いた。
雨が止んだわけではない。
それは頬を打ち付ける感覚でわかった。
しかし、我が主の言葉以外の音が不思議なことに聞こえてこない。
そして、私は悟る。
我が天命を。
さいごの力を振り絞って、その唇に口付ける。
願わくば、目の前の愛しい瞳から零れてやまない雨を晴らすことができるようにと。
震えながらも静かに細められた瞳に、自然と口角が上がった。
黒髪の隙間からちらつく光を感じ、いつの間にか雲が風に流されていることを知る。
そうだとも、もう我が目に映らぬともわかる。
(嗚呼…あなたはやはり――)
今宵の月のように美しい。
終
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