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42.新しい人生(2)
《あの…。》
女性の声がする。
和成が招待したのは兄の翔だけだったが、お邪魔虫もひっついてきていた。
その存在を、雅也がすごく意識しているのが和成に伝わっていたが、彼は何も言わず黙って成り行きを見守っていた。
さすがに、その声で存在を思いだした翔が、彼女を振り返った。
<ああ、彼女は詩織さん。親戚の…。>
《翔さんの婚約者です。》
彼女は自分からそう明かした。
雅也が驚いたように目を丸くする。
翔が驚いて詩織を一瞬鋭く見たのに気が付いた和成には、彼女が勝手に言ってるだけだとすぐわかった。
今までの経緯もある。
肝心の翔には、照れた様子もなく怒った様子も、一切、見られなかった。
だが、表面上はだ。
彼がそんな感情を置き忘れたかのような無表情の時は、間違いなく怒っている時だった。
ふっ、バカだな。
そうやって自己主張を押し付けられるのが、翔はなにより嫌いだった。
ましてや、自分の意志を無視されたら話にならない。
和成には、なんとなく今の二人の関係が見えてきていた。
二人の間には何の約束もない。
そもそも、兄貴は詩織が好きじゃない。
優しくて受け身に見えるけど、翔兄は攻めるタイプだ。
そして一途…
あの一見穏やかで、だが、熱情を秘めるタイプの父親に、顔も中身も一番そっくりだった。
翔と詩織が帰った後、和成と雅也の二人だけになった室内は、急に物悲しいような何とも言えない雰囲気をたたえていた。
『やっぱり、あーちゃんを捜すのは、もうやめようよ。』
何、言いだすんだ。
和成は思い切り眉を吊り上げてみせていた。
『翔ちゃんは、新しい人生を踏み出してるじゃん。』
「詩織の事を言ってんのか…?」
『綺麗な人だったね。』
「…。」
和成はそんな雅也の感想に対して、何も答えない。
雅也は、そんな無表情に黙ったままの和成を、寂しそうな表情を浮かべて見つめていた。
『婚約してるなんて、どうして教えてくれなかったの…?』
「…。」
『教えてくれればよかったのに…。』
「あんなの、勝手にあの女が言ってるだけだ。」
『でたっ、ブラコン。』
無理に茶化した言い方をする雅也に、やはり和成はそれには無反応だった。
『……あの女なんて言い方、よくないよ。』
雅也は 切なさを孕んだ暗い表情を見せていた。
もう、和成を見つめてはいない。
彼はどこか遠くを見つめていた。
『心配だったけど………普通に結婚するんだったら、応援しようよ。』
「雅也…?」
『あーちゃんだって……きっ…と……その方が…幸せだ……よ。』
雅也は、微かに声が震え、うっすらと涙を浮かべていた。
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