43.自分の相手 

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43.自分の相手 

木枯らしが吹いて、駐車場への道は一段と寒さを増していたが、一度、弟の職場を確認したいと思っていた翔には、その目的が果たせた満足感の方が大きかった。 そして、そこでまさか過去の自分を知る人物に再会する事になるなど、思いもしていなかった。 気立てが良さそうな相手に、心のなかでホッとする。 付き合っていけそうで嬉しかったし、本当に付き合いたいと思っていた。 秦野や木瀬のようにいい関係が築けそうな予感がする。 今まで、なるべく過去の知り合いを避けてきたのが嘘のように前向きな気分になっていた。 一度、職場を案内したいと言っていたが… 弟がそうしたがった理由に、それもあったんだと気が付いた。 いつもさりげなく、自分の交友関係をサポートしてくれていた。 管理してもらうばかりで、弟の付き合いは全く知らないできたなんて、本当にお兄さん失格だ。 *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。 *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。 〔翔兄!翔兄っ!〕    誰だ…? <先生ーっ。> *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。 *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。 慌ただしく人が動く気配。 瞼を開くと… 見知らぬ少年が、泣きながら俺を覗きこんでいた。 小さくってお母さんにくっ付いていた弟は、すっかり見知らぬ大人になっていた。 一体、なぜこんな事に…? 不安に押し潰されそうな毎日だった。    思い出せない母の死に泣いて、思い出せない父の死に泣いた。 信じられるのは、世界に和成だけだった。 そして、微かな記憶にあった母の妹の…芳野叔母さん。 彼女はすっかり老けていた。 その叔母さんは俺をいつも心配してくれた。 もし、詩織とうまくいかなくなったら、きっと悲しむだろう。 それでも、嘘は付けない。 それこそ失礼じゃないか…?    『怒ってるの…?』 「いいや…。」 そのまま車に乗り込みシートベルトを装着すると、前を向いたまま彼女にそう応えた。 『嘘。』 嘘じゃない。 呆れてるだけだ。 俺の意志を無視して事を進めようとするなんて、まったく無意味な事だった。 だが… 悪いのは俺だった。 「君と結婚できない。」 『!』 「詩織、君には悪いけど…。」 『どうして…?誰か好きな人がいるわけじゃないでしょ…?…私の事がキライなの…?』 ハァー。 分かっているなら聞かないでくれ。 「まさに…君の事が好きじゃない。」 『翔さんっ。』 「ごめん。」 『…気にいらないとこがあるなら言って、わたし…気をつけるから。』 「そうじゃなくて…」 『そうじゃなくて…?』 「愛してない。」 『…。』 「俺は愛情のない結婚なんて考えられないんだ。」 正直に本音を語った。 俺の記憶にある労わり合う両親。 好きあっていて愛し合って仲がいい。 そんな二人をずっと見てきた。 大きな家に移り住んでからの家族の記憶はなかったが、きっと親父は母を大切にして暮らしたに違いない。 だから、俺には愛情のない結婚は考えられない。 だが、詩織は… 『やっぱり、記憶がないのは大変だわ。 堅苦しく考えないで、私たちはきっとうまくいくから…。』 「記憶の事は関係ないっ。」 『ふふふっ…翔さんたら、まるで子どもみたいよ。』 そう言って詩織は俺をまるっきり子ども扱いした。 最初から気持ちを否定されるなんて不愉快極まりない。 そんな態度に怒りが湧く。 「君には感謝はしているが、それだけで、特別な愛情はない。そんな状況で結婚なんて出来ない。」 『ひどい言い草。』 「俺だって、もっと余裕のある時に言いたかった。とにかく…。」 話はまだ途中だというのに、車は急に発進した。 『そのくらいで止めておいて…。』 「詩織っ。」 『事故りたくないわ。』 そんな言い方をされれば止めざるおえない。 事故に遭いたくはなかった。 詩織は黙ったまま真剣な表情で運転に集中していた。 そんな彼女の態度にそれ以上何を言っても無駄だと悟った。 言いたいことは言ったんだ。 俺の相手は詩織じゃない。 俺が望むのはもっとこう……こう…なんだ…? 何かが浮かびそうで……浮かばなかった。 翔の視界には色を無くしたような外の景色が、ただ流れていた。
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