第一章 逆光

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 話を終えて先に資料室を出た香道が捜査一課に戻ると、憂鬱な顔をした早河が頬杖をついていた。 『早河、少し仮眠しろよ。顔色悪いぞ』 『……犯人の狙いは俺かもしれません』 気落ちした声で早河は言った。 『どういうことだ?』 『犯人からホテルに電話がかかってきた時、奴が俺に言ったんですよ。“久しぶりに彼女と会えて……”と。彼女とはあの部屋にいた玲夏のことです』 『お前と玲夏ちゃんの関係を知っていたのか。お前の周囲の人間関係を調べていたのかもな』 『身代金受け渡しに俺を指名したことも気になります。俺達を振り回すだけで犯人は金を手にしていない。結局あのホテルに爆弾は仕掛けられていなかったですし、身代金の要求も警視総監に要求するには五千万の金額は少ないでしょう』  実際に爆破されたのは隣接する台場公園のみ。取引相手に刑事を指名し、場所を指定したわりには犯人が金を受け取る素振りは全く見られなかった。 『他に気付いた点は? 犯人の口調はどうだ?』 『声はボイスチェンジャーで変えていました。ただ、あの口調は前にどこかで聞いたことがあるんですよね。かなり昔に……ぼんやりとしていて思い出せないんですけど』  香道は早河を見据えた。先ほど上野警部から聞いた犯罪組織カオスの話、早河の父親がカオス創設者の辰巳に殺されたこと、もしもそのカオスが復活していたとして……。 (カオスと今回の事件を結び付けているものはない。……いや) ひとつだけ、犯罪組織カオスと今回の事件を繋げるものがある。 『香道さん? どうしました?』 『いや……なんでもない』 『俺よりも香道さんが仮眠とってくださいね』 『ああ。そうするよ』  香道は軽く笑って早河から離れ、廊下の自販機の手前まで歩いた。特に喉の渇きは感じないが小銭を入れていつもは選ばない炭酸飲料のボタンを押す。 タブを空けると炭酸の軽やかな音が鳴る。ひとくち喉に流し込んで廊下の隅のソファーに腰掛けた。壁に貼ってある小学生が描いた防犯ポスターは右下の隅がノリが剥がれてめくれていた。 (カオスと今回の誘拐事件を結び付けているものがひとつだけある。門倉警視総監だ)  早河の父親、早河武志の当時の上司だった門倉は武志の動きを監視する役割を担っていた。その門倉の孫が誘拐され、門倉は何者かに射殺。 (でもそれだけなんだよな。いくら門倉警視総監が早河の親父さんの元上司だったとしても、殺されたのは総監本人だったわけで)  どうにも犯人の真意が読めない事件だ。カオスの件はまだ早河には言わないように上野にも念押しされた。 これは早河の問題だ。自分が思い悩んだところで仕方ないが、早河の両親の死の真相を知ってしまったことにはやはり気が滅入る。  香道は携帯電話のアドレス帳を開いた。カ行の欄からある名前を選んで表示する。 表示された名前は桐原恵。 (もう1ヶ月以上は会えてないな……)
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