story1.闇夜の迷宮

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翌日、5月5日。 『お前、最近荒れてるな』  漫画を片手にベッドに寝そべる渡辺亮が隼人に向けて呟いた。隼人は携帯電話から顔を上げる。 『そうか?』 『前は煙草なんか吸わなかったのに。隼人が変わったって麻衣子も心配してる』 隼人の左手にある煙草を見た亮は顔をしかめた。隼人は平然と左手を口元に持っていく。 『別に……荒れてもねぇし変わってもねぇよ』 『未成年が人の家で煙草吸うこと自体が荒れてる証拠だろ。お前が帰った後に母さん達にバレないように証拠隠滅するのけっこう大変なんだぞ』  それまで澄ましていた隼人が顔色を変えた。亮の言うことは(もっと)もだ。人の家で未成年が煙草を吸っているこの状況は荒れてるとしか言いようがない。 彼は吸殻を飲み終えたジュースの缶に押し込んだ。 『そうだな。悪かった』 『責めてるわけじゃねぇよ。隼人の気持ちもわかってるつもりだ。自分が絶対に負けたくないもので負けたら誰だって自暴自棄になる』 『自暴自棄か……』 今の自分にはまさに自暴自棄の言葉がお似合いだ。それなりに平和でそれなりに楽しい日常の中に刺激的で欠けてはならない存在があったことを思い起こさせる。  立ち上がった亮は部屋の隅に転がるバスケットボールを手にした。 『今からちょっと付き合えよ』 『俺にバスケの相手させる気?』 『たまには違うことやるのも気分転換になっていいだろ』 隼人の返事も聞かずに彼はさっさと部屋を出ていく。隼人は煙草の後始末の確認をしてから重い腰を上げて部屋を出た。  亮の自転車に二人乗りして向かったのは区内の運動公園。この公園にはバスケコートがあり、渡辺がよくバスケの練習で使う場所だ。 ゴールデンウィーク最中の公園には多くの人が集っている。運動公園の一角にはアスレチックの遊具が設置されていて遊具で元気いっぱいに遊ぶ子供達の賑やかな笑い声で溢れていた。 フェンスに囲まれたバスケコートから規則的なボールの音が聞こえてくる。 『あちゃー、先客か? ……おい隼人。あそこにいるの翼じゃねぇ?』  バスケコートに先客がいたことを残念がっていた亮だが、次の瞬間にはコートにいる人物を指差していた。コートには背の高さの違う二人の少年がいた。背の高い方の少年は隼人とよく似た容姿をしている。 『翼だな』 『やっぱり。翼ー!』 亮に声をかけられて振り向いた少年は亮ではなく隼人に目を向けて驚いた顔をしている。 『亮くん! ……ええ? 兄貴がここに来るの珍しいじゃん』 声変わりをして男らしさが増した少年の名前は木村翼。現在中学二年生の隼人の弟だ。 『亮に無理やり連れて来られたんだよ』 『この不健全不良男に健全な汗を流させてやろうと思ってさ』  フェンスの扉を開けて先に亮がコートに入った。観念して隼人もコートに足を踏み入れる。 『誰が不健全だ。それに俺は不良じゃねぇ』 『いや、充分スレた不良の風格漂ってるし。最近は女の上に跨がってしか汗流してないだろ』 亮が投げたバスケットボールを隼人は受け取った。使い込まれた亮の愛用のボールをその場でバウンドさせる。 『充分健全だろ。俺は性欲に忠実なだけ。あれだってベッドの上でのスポーツ……』 『はいはい、ストーップ! 兄貴も亮くんもここには小学生もいるんだからそっち系の話は止めてくれよー』 赤い顔をした翼が身ぶり手振りで必死に二人の話を打ち切ろうとする。 『翼、そっち系の話とはなんだ。大事な子作りの話だ。保健体育と変わらねぇぞ。男と女が合体して射精した精子が卵子に……』 『だーかーら! 兄貴が言うと生々し過ぎて保健体育じゃなくなるんだって! 朝陽が困ってるだろ!』  翼の隣には幼い顔立ちの少年がいて、不思議そうに隼人達を見つめていた。亮が翼と少年を交互に見る。 『翼の友達?』 『ミニバスチームの後輩の朝陽(あさひ)。小六だよ。朝陽、こっちが俺の兄貴と俺のバスケの師匠の渡辺亮くん』 『はじめまして! 椎名朝陽(しいな あさひ)です!』 名前の通りにキラキラとした笑顔で朝陽が隼人と亮に挨拶をした。亮が朝陽の頭をくしゃくしゃと撫でる。 『おお。朝陽、よろしくな』 『渡辺亮さんって杉澤学院のあの渡辺さんですよね? 俺、ファンなんです! 前に翼くんと一緒に高校の試合観に行ったことがあります。スリーポイントがめっちゃ綺麗で感動しました!』 『ありがとな。隼人、聞いたか? 俺のファンだってさ』 『はいはい。よかったな』  気のない返事で相槌を打ち、隼人は遠目に朝陽を眺めた。バスケ少年の朝陽にとって亮は憧れの存在のようだ。友達の贔屓目を抜きにしても亮のスリーポイントシュートは綺麗だと隼人も思う。 『亮くん達、コート使うよね?』 『ああ。練習してたとこ悪いな』 『全然いいよ! 亮くんと兄貴の対決久しぶりに観れるのワクワクする! ほら兄貴、亮くんコートで待ってるよ』  亮と翼の間で勝手に話が進められ、隼人の体は翼によってコートに押し出された。 『わかったよ。でも手加減しろよ。俺は素人、お前はプロなんだから』 『何を言うか。普段まったく謙遜しないくせにこんな時に謙遜するなって。手加減したらストレス発散にならないからな。本気でいくぞ』 先にコートに入ってストレッチをする亮に倣って隼人も軽く体をほぐした。隼人を挑発する亮はなぜか楽しそうだ。 『翼は審判頼むな』 『了解でーす』  亮が翼にボールを渡す。試合はジャンプボールからの1on1。ストレッチを終えた隼人と亮が所定の位置についた。
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