スピンオフ1.【茜色の通学路】

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 英語の問題を解きながら隼人の顔を盗み見る。聞きたいことがあるのになかなか聞けないもどかしさ。 それは“あの子”のこと。 『またわからないとこあった?』  麻衣子の視線に気づいた隼人が顔を上げる。今日こそは思いきって聞いてみようと決意して麻衣子はシャープペンシルを置いた。 「宿題のことじゃなくて……あのね、山崎さんとは仲良くしてるの?」 いざ口にするとこれだけの言葉を言うのが精一杯だ。隼人は顔色を変えずにまた問題集に目を移した。 『沙耶香のことが気になるのか?』 (沙耶香(さやか)……彼女だから呼び捨てにするんだ)  山崎沙耶香。二年生の終わりから隼人と交際を始めた隼人の彼女。隼人に片想いしている大勢の女の子を差し置いて隼人の彼女の地位を掴みとったサッカー部のマネージャーだ。 「気になるって言うかどうしてるかなって思って」 『麻衣子は沙耶香と同じクラスだろ』 「そうだけど……」  そう、よりによって麻衣子は山崎沙耶香と三年生で同じクラスになってしまった。好きな人の彼女と同じクラスにするなんて神様は意地悪だ。 「山崎さんはこの部屋に入ったことあるの?」 『あるよ』 短い返答。隼人は麻衣子の顔も見ずにすらすらと問題集にシャープペンシルを走らせている。 (幼なじみの私がこんなこと聞くのも変だよね)  山崎沙耶香以外にも隼人にはたくさんの女友達がいる。彼女達の中では麻衣子は霞んでしまう。 (隼人の隣にずっといたのは私なのに) 今の隼人の隣には山崎沙耶香がいて、彼女は麻衣子の知らない隼人を知っている。 そのことがたまらなく悔しくて、寂しい。 『……夜、暇?』 唐突に隼人が尋ねた。 「今日の?」 『そう』 「暇だけど……」 『じゃあみんなで花火やろーぜ。姉貴もこっち帰って来てるし翼や亮と雄兄(ゆうにぃ)も寧々ちゃんも誘ってさ』 花火の誘いに麻衣子の顔が笑顔になる。  隼人には横浜の医大に通う四歳年上の姉の菜摘(なつみ)と、三歳年下の小学六年の弟の翼がいる。 隼人が雄兄と呼ぶ人は渡辺亮の二歳年上の兄の渡辺 雄大(ゆうだい)。雄大は隼人や麻衣子にとっても兄のような存在だ。 小学五年の寧々(ねね)は麻衣子の四歳下の妹。  久しぶりに加藤家、木村家、渡辺家の子供たちが集まる。昔は頻繁にみんなで遊んでいたのが、主に企画発案をしていた年長組の菜摘と雄大の大学や高校進学を機にその頻度は減っていた。 麻衣子達幼なじみ三人も中学進学と共に三人で出掛ける機会はなくなっていた。 「みんなで遊ぶの久しぶりだね。楽しみ!」 『じぃちゃんがでっかいスイカ送ってきたからそれも食べるか。ちょうど母さんが麻衣子達も呼んで食べさせようって言ってたとこだから』 「スイカ! 食べる食べる!」  笑顔で宿題に取り組む麻衣子を見て隼人が穏やかに微笑していたことを麻衣子は知らない。 今夜の隼人との花火は隼人の“幼なじみ”の麻衣子の特権。 夏休みの思い出のイチページ 花火とスイカと、好きな人。
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