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8.いつものスタジオ(side 晴)
晴に奇跡の神が舞い降りた。今日の追試の結果、数学80点、物理75点、古文83点、英語71点。70点が合格ラインの追試で見事70点以上を獲得し晴は無事に夏休みを手に入れた。
スタジオのスタンドマイクの前で仁王立ちをする晴がテストの答案用紙を見せびらかす。
『なぁなぁ、俺すげーだろっ?』
『はいはい、凄いねー』
『良かったねー』
落ち着き払っている悠真は新譜のチェックをしながら、隼人は雑誌を見ながら片手間に晴の相手をする。
『あれだけ俺達が教えてやったんだ。70以下の方がおかしい』
『追試でも70以下なら本物の馬鹿だな』
『ははっ。晴よかったなぁ。本物の馬鹿じゃなくて』
悠真と隼人の毒舌を浴び、渡辺亮にはからかわれ、もう少し誉めてくれてもいいのにと晴は拗ねた。晴の背後から伸びた手が英語の答案用紙をひったくる。
『でも英語71点ってギリギリー。こんなの俺でも解るぜ』
LARMEのベーシスト、結城星夜が晴の答案用紙を見て笑っている。高校一年生の星夜はまた身長が伸びたようで、180センチの晴と目線がほぼ同じだった。
『うるせーな星夜! 俺は生まれも育ちも純日本のジャパニーズなんだよ。お前みたいに英語もフランス語もなんでも喋れます人間じゃねーのっ!』
『bonjour?』
『何がぼんじゅーる? だ! ここはJapanなんだから日本語で喋れ!』
星夜は父親が日本人、母親が日本とフランスのハーフのクォーター。彼は日本語、英語、フランス語を操るトライリンガル。
髪は色素の薄い茶色、瞳の色はブルーグレー。どちらも天然の色だ。
晴と星夜がプロレスごっこをしてそれを隼人達が呆れて傍観するのはいつもの光景。
『兄貴。三小節目もっと音伸ばせねぇ?』
晴や星夜とは対照的にクールな男がいる。LARMEのボーカリストの高園海斗。彼も星夜と同じ高校一年生だが、同い年の星夜や年上の晴よりも雰囲気が大人びている。
『ああ、ここは……』
そんなクールな海斗の兄の悠真もやはりクールで、本人達は似ていないと否定するが晴からしてみれば高園兄弟は見た目も中身もよく似ている。
悠真と相談をしていた海斗が今度は英語の得意な隼人に英語詞の表現について意見を求めていた。
海斗は人見知りだ。その海斗が最初からすんなりなついたのが隼人と亮。海斗の兄の悠真も晴も、あの人見知りの海斗がこの二人とはすぐに打ち解けたことには正直驚いていた。
星夜も隼人と亮になつき、LARMEは和気あいあいとバンド活動を続けている。
『あー、ただいま愛しのドラムちゃん! これからは毎日可愛がってやるからな、ベイビー、たくさんイかせてやるよ?』
『晴の手つきエロっ』
『晴にとってドラムは女だからなぁ』
ドラムを扇情的に撫で回す晴を見て周りは苦笑していたが、陽気に振る舞う晴の心中には例の蒼汰の事件が影を落としていた。
龍牙が蒼汰を罠にハメたエリカを捜している。そのことでは黒龍のメンバー達も動いているから何か進展があればこちらに連絡が来るだろう。
そして学校帰りの隼人と悠真を尾行していた三人組の男。隼人から送られたメールに添付されていた男達の写真はブレていて顔の判別はつかなかったが、念のため追試を終えて学校を出る時は用心した。
(隼人と悠真の尾行と蒼汰の事件は関係ないよな? ……まさかな?)
とにかく今は打ち上げライブを楽しむことに専念しよう。明日のことは明日になってから考えればいい。
そんな偶然ありえない。この時の晴はそう思っていた。思いたかった。
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