story3.Summer vacation 2002

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10.事件現場 7月25日(Thu)  ジリジリと暑い太陽が照らすコンクリートの上に男が横たわっている。警視庁捜査一課の横田警部は無言で横たわる男の側に屈み込んだ。 『また先回りされたか……』 『俺達が追っていた売人に間違いないですね』 香道秋彦も膝を屈め、地面に男と手に持つ写真を交互に見る。写真にはこの男の生前の姿が写されているが、香道の目の前に今あるのは苦悶に歪んだ死相だ。 『手口は前2件と同様、心臓をナイフでひと突き。同一犯だな』  香道達が追っている薬物密売の売人が殺されるのはこれで三人目。前回殺された売人が新宿のクラブ〈エスケープ〉に出入りしていた今岡にクスリを売っていた永井だ。 『売人が俺達に捕まる前に口封じで消されてる。これは密売グループのバックにはとんでもねぇ奴らがついているかもな』 『組対の調べでは今回のクスリ密売と売人連続殺人に関しては組関係で怪しい動きはないようですね。しかもヤクザや中華街辺りのマフィア連中が妙に大人しいとか……』 『自分達のシマでこれだけ派手にやらかされてるならヤクザの暴動のひとつやふたつ起きそうなものが、今回は何故か奴らも黙認している節がある。なんだろうな、ヤクザも中国マフィアも手を出すのを躊躇する組織となると……そんな危ねぇ組織がこの日本にあるのか。厄介なヤマだ』  ハンカチで額の汗を拭う横田警部はこんな暑い場所にはもう居られないと言って先にパトカーに引き返した。香道はまだその場に残って、真夏の青空を仰ぎ見る。 (また売人が殺されたこと、リュウに知らせてやらねぇと) 売人殺しは間違いなく組織ぐるみの犯行だ。横田警部の言うように、ヤクザや中国マフィアの連中はこの事件に関わることを避けている様子だった。裏の世界の人間でさえも恐れる組織がこの国に存在するのかもしれない。 (今日も家に帰れそうもない。あー。なぎさに会いたい。なぎさ不足で兄ちゃんもうダメだ) 龍牙に妹溺愛のシスコンだと散々いじられても香道は気にしない。可愛いものは可愛いのだから仕方ない。  同僚から捜査会議の時間決定の連絡が入り、ひとまず警視庁に戻らなければならない。灼熱のアスファルトを踏みしめて香道は死体発見現場に背を向けた。 (あれは……)  現場を関係者以外立ち入り禁止にするための規制線の黄色いテープの内側に男が立っている。内側に入れるのは警察関係者のみ。 香道はの名を呼んだ。 『早河くんだったね。君も来てたのか』 『現場がうちの管轄なので一応』 新宿西警察署刑事課所属の早河仁は香道に軽く頭を下げる。早河は香道の後方の事件現場を一瞥した。 『香道さんが現場にいると言うことはただの殺しではなく……?』 『ああ。今回のガイシャも俺達が追っていたクスリの売人だった。死体はまだそのままだ』 香道は振り返り、ブルーシートで覆われた現場を顎で指す。早河はそのブルーシートの壁を無表情に見つめていた。 傍観なのか、静観なのか。瞳からは早河の感情は読み取れない。  蒼汰の事情聴取の時、香道の他には早河だけが蒼汰の無実を信じて上司に食って掛かっていた。あの時は熱い刑事もいるものだと感心していたが、今の早河は妙に冷めた目をしている。 ポーカーフェイスな早河刑事が死体現場を前にして何を思っているのか香道にはわからない。 『こちらでも死体を見させてもらってもかまいませんか?』 『もちろん。ここは新宿西署の管轄だしな。上司に報告挙げないとだろ? 俺達はもう見たから』 『それじゃ……失礼します』 香道に会釈して早河は数人の刑事達とブルーシートの向こう側に消えた。 (見た目は冷めてて何考えてるのかイマイチわからねぇけど……刑事としての勘の良さは一流かもしれない)  早河仁……この名前を覚えておこう。いつかまた会う日のために。
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