story3.Summer vacation 2002

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18.プリクラの女(side 晴)  隼人達と連絡が取れなくなった事態に居ても立ってもいられなくなった晴は、まず蒼汰に事の次第を連絡した。 蒼汰は洸に次ぐ黒龍のサブリーダー。街にたむろする連中に顔が利く蒼汰には隼人達の情報を集めてもらうよう協力を頼んだ。  悠真は新宿の区立図書館、亮は学校の最寄り駅の高円寺駅周辺、隼人はモデルのバイト終わりだったらしく場所の特定が難しい。 とりあえず区立図書館と高円寺駅周辺の情報を募った。 召集をかけた黒龍の後輩の拓と共に雨の降る都内をバイクで走り回り、黒龍の仲間や敵対チームのメンバーにまで、知っている人間に片っ端から聞き込みをした。 携帯に黒龍の仲間から連絡が入る。 {soul streetの撮影なら雨が降る前に原宿でやってましたよ。隼人さんが撮影してるところ見てました}  隼人の撮影現場を原宿で目撃した仲間がいた。晴はすぐさま原宿までバイクを走らせ、馴染みのある竹下通りのゲームセンターに向かった。 『おお、晴さんお久しぶりでーす』 『晴さんお疲れ様でーす』 爆音が響く夜のゲームセンターには人相は悪いが心優しい仲間達が楽しげにゲームに興じていた。声をかけてくれる顔見知りの連中と遊びたいのはやまやまだが今は時間がない。 「晴ぅー! ねぇねぇ、プリクラ撮ろぉ。新しい機種入ったの!」 『ごめん。ちょっと急いでんだ。トオル知らねぇ?』  すり寄ってきた女友達のミウの相手も今日はパスだ。ミウは口元を尖らせてあっち、と指差した。 ミウが指差した方向では白熱したレースゲームが展開されている。ゲームの中心にいるのは晴の友人のトオルだ。この調子だとまだゲームは終わりそうもない。 『原宿でsoul streetの撮影あったらしいけどミウは見た?』 「駅前で撮影してた! 晴の友達の隼人くん超かっこよかったよぉ! でも雨が降ってきてね、スタッフっぽい人がこの後は近くのスタジオに移動するって言って、撮影途中までしか見れなかったの」 『そうすると狙われたのはスタジオの帰りか』 人気雑誌の読者モデルをしているだけあって隼人はこの界隈では有名人だ。友達が名のしれた有名人なのも妙にくすぐったい気分ではある。  ミウと話している間にトオルのカーレースが終わったようだ。勝利のガッツポーズをするトオルの名を大声で呼ぶ。 『おー! 晴。どした?』 『聞きたいことがあって。soul streetの撮影が終わった後の隼人の足取りが知りたいんだ。どこかで見かけたりしなかった?』 『撮影してたのは知ってるけど……ちょっと待って。俺のダチでsoul streetのモデルやってる理久(りく)って奴も今日一緒に撮影してたんだ。理久に聞けば何かわかるかも』  爆音のBGMや人の声で騒がしい店内から入り口側に移動する。状況が飲み込めないミウも興味津々に二人の後をついてきた。 理久と電話口で二言三言話をしたトオルが顔つきを変えた。 『え? ……ああ。晴、理久がお前と話したいって。なんか隼人のことで気になることがあるらしい』  理久と話をしていたトオルが携帯電話を晴に差し出した。晴は携帯を受け取り、はじめましての挨拶を(はぶ)いて本題に入る。 理久は撮影を終えて原宿のスタジオを出た先で隼人が男に囲まれる現場を目撃していた。 『隼人が乗せられた車はどっち方面に行った?』 {明治通りを新宿の方に向かって行った} 『わかった。協力してくれてありがとう』 {いいって。俺もあの後隼人がどうしてたか気になってたんだ。隼人、何かヤバい事件に巻き込まれたりしてないよな?} 万が一の時に心配して協力してくれる人間がいるかいないか、日頃の人望がものを言う。これは隼人の人徳だ。 『無責任なことは言えねぇけど、隼人がいなくなったら俺はめちゃくちゃ悲しいんだ。だから絶対、隼人を助けるから』 {……隼人が帰ってきたら今度みんなで遊びに行こうぜ} 『おう。楽しみにしておく。じゃーな、理久』 理久との通話を切って携帯をトオルに返す。 『ダチのために動くとこ、晴らしいな。無茶はするなよ』 『わかってる。ミウ、今度隼人と一緒にプリクラ撮らせてやるな』 「まじ? やったぁ!」 晴達の会話を不安げに見守っていたミウが一気に明るい笑顔を見せた。 「そうだ。あのね、晴……」  ミウがフリンジのついたボヘミアンテイストのバッグからピンクのハートが表紙の分厚い手帳を取り出した。 「蒼汰のことは聞いてたからもしかしたらとは思ったんだけどぉ、蒼汰をハメた女ってウルフショートの金髪なんでしょ?」 『そうらしい。でもそんな女腐るほどいるよなぁ。金髪ショート流行ってるし』 「うん。だからミウもあんまり気にしてなかったの。でも最近プリ交換した友達のプリにウルフの金髪の子がいたんだ。……あった! この子。名前はエリカじゃないし蒼汰の事件とは関係ないかなぁ。こっちのRenaがミウの友達ね」 手帳の中身は長方形のプリクラでぎっしり埋め尽くされていた。ミウはプリクラ帳のページを広げ、立体的なハイビスカスの飾りがついたスカルプチュアの爪であるプリクラを指差した。  晴は目を凝らしてミウが指差すプリクラを見る。プリクラには二人の女が写っていた。 ウルフの金髪の女と茶髪セミロングの女。らくがきで名前が書いてあり、Renaと書かれた茶髪セミロングの女がミウの友達らしい。 金髪ウルフの方に書いてある名前はエリカではなかった。 『……は?』  すっとんきょうな声を出して晴はプリクラを凝視した。この小さなシールだけでは判別がつかないが、金髪の女の方に書かれた名前を最近どこかで聞いた気がする。 (まさか蒼汰をハメたエリカは……なのか?) 晴の記憶にかすかに残る例の女の顔とプリクラの女はまるで別人でにわかには信じられない。 『ミウごめん。このプリクラ写真に撮らせて』 「うん、いいよ」 自分の携帯のカメラでプリクラの写真を撮って、それを蒼汰にメールで送った。蒼汰を罠にハメた女がこの女なのか確かめる必要がある。 ついでにいくつか届いていた新着メールを順に開く。新着の二通目は洸からだった。 (……え?)  洸のメールに書かれていた内容が晴を混乱させる。何が起きているのかわからない。どうして…… 『晴さん!』  別ルートの聞き込みをしていた拓が戻ってきた。晴はすぐに洸からのメールを閉じて拓に顔を向ける。 拓が怪訝に晴の顔を覗き込んだ。 『晴さん大丈夫っすか? 顔色悪いですよ』 『あ……ああ。平気だ。行くぞ』  協力してくれたトオルとミウに別れを告げて晴達は竹下通りを出た。洸のメールの件も含めてこれからの動きを考えていた。 バイクを停めた駐輪場に向かう二人の体を雨が濡らす。 亮が連れ去られた時間帯の高円寺駅付近では黒い高級車が目撃されている。理久の証言では隼人が乗せられたのも黒の高級車。おそらく悠真も同じだろう。 (三人を拉致った奴は金持ちなのか?) 『晴さん携帯鳴ってますよ』  ぼうっと歩いていた晴は拓に指摘されるまで携帯が鳴っていることにも気付かなかった。 慌てて取り出した携帯の着信画面は非通知。このタイミングでの非通知着信に嫌な想像が脳裏によぎる。 『……もしもし』 電話に出るのにこんなに緊張したのは初めてだ。 {緒方晴さんだね?} 落ち着いた男の声がした。知らない声だ。 『そうだけど、どちら様?』 {高園悠真、木村隼人、渡辺亮、この三人は僕が預かっている} 『三人を拉致した目的は?』 {それはまだ言えないね。君が来て、全員揃ったら教えてあげるよ}  この余裕のある口調、高圧的で人を小馬鹿にする態度、晴の本能が告げている。電話の向こうにいる人物は晴がこの世で最も嫌いなタイプの人間だ。 {今は原宿にいるようだね} 『どうして俺の居場所を……』 {君達の行動はすべて僕の監視下だ。特に君の行動は他の三人に比べてわかりやすい。とても面白い} どこかで行動を見られている。無意識に左右を見回しても拓以外に側に人はいない。 道行く人で電話をかけている人間を見つけたが、この電話の男とは別人だった。 {今から八王子駅まで来られるかな?} 『バイク飛ばして行ってやるよ』 {OK。君が八王子駅に到着した頃にまた連絡を入れる。仲間の所に案内してあげよう。じゃ、また} 気味の悪い笑い声を残して男が通話を切った。携帯を握る晴の手は怒りで震えている。 『晴さん、今の電話……』 『三人を拉致った犯人からだ。あちらさんからご招待してくれて捜す手間が省けた』  駐輪場で自分のバイクを見つけた晴はバイクに跨がり、ヘルメットを被る。 『俺も一緒に行きます』 『ダメだ。俺ひとりで行く。お前は蒼汰達と合流してろ』 一緒に行くと主張する拓を振り切ってバイクを発進させた。ミラーに映る拓の姿がだんだん小さくなっていく。 (悠真、隼人、亮……待ってろよ。お前らは絶対に俺が助ける)
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