story3.Summer vacation 2002

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20.スカウトマン(side 亮)  亮が目にした緒方晴の姿からは普段のお調子者の雰囲気は消え去っていた。いつもはワックスで遊ばせているメッシュ入りの黒髪は雨に濡れ、服も湿っている。 忘れていたが晴は関東イチの暴走族グループ黒龍の元No.3だった。両手に手錠をかけられて無言でこちらに歩いてくる晴の全身から殺気を感じ、亮は身震いした。 『完全にキレてるな。暴走しないといいが……』  晴とは長い付き合いの悠真は豹変した晴を見ても冷静だ。去年、他校の高校生と喧嘩していたところを晴に助けられた経験のある隼人も驚いていない。 殺気立った晴を初めて見るのは亮だけだった。  相澤が立ち上がって両手を広げた。 『やぁ、緒方晴さん。お待ちしていました』 『俺に電話してきたのはあんたか?』 ぶっきらぼうな口調もいつもの晴とは違う。 『ええ。電話ではお話しましたがお会いするのは初めましてですね。僕は相澤直輝と申します。ちょうど今、他の皆さんにも事情をお話していたところです。緒方さんもあちらにお掛けください』  相澤に示された席に晴は無言で腰かけた。椅子の並びは亮、隼人、悠真、晴。真向かいに相澤が座る。 『これで四人揃いました。うん、なかなか圧巻だ。君達の話は以前から聞いていたんです。それで面白い高校生達だなと思ってね』 『俺達のことを聞いた? 誰に?』 隼人が問う。相澤は悠々とした調子で脚を組んだ。 『最初に君達の話を聞いたのは弟からだった。まぁ、その話はまた後にして本題に移ろう。君達四人は容姿に恵まれている。これは君達にとってかなりのアドバンテージだ。それだけでなく頭脳も働き、凡人にはないカリスマ性が備わっている。君達の恵まれた能力を見込んでやってもらいたい仕事があるんだ』  容姿がいいだとか、アドバンテージだとか、そんなことを相澤に評価されても亮はちっとも嬉しくなかった。亮の隣で隼人が舌打ちする。 『あんた、本題だとか言ってるけどくどくどと前置きが長いんだよ。俺達に何をさせたいのかハッキリ言え』 隼人もキレる寸前だった。隼人がキレると危ないことを亮は知っている。晴と隼人が同時にキレたらそれこそ血の雨が降るかもしれない。 『ははっ。これは申し訳ない。長話はつい癖でね。ではハッキリ言いましょう。君達にはクスリの売人として働いてもらう』  相澤の口調がわかりやすく変化した。態度こそ低姿勢だが言葉は高圧的な命令口調。 (クスリって麻薬とかのの方だよな……) 亮がクスリと聞いて最初に浮かぶものは胃腸薬や風邪薬の類いだ。我ながら平凡で幸せな思考回路だと思う。 『断る』 『くだらねぇな』  悠真は即答、隼人は鼻で笑った。晴は無言。亮には無言の晴が一番恐ろしかった。 『そうすぐに結論を出さないでください。いきなりクスリの売人になれと言われて戸惑うのもわかります。僕はね、新しい事業を始めようと思っているんです。新宿に女性限定のダイニングバーを作る計画がありましてね。店も9割方完成している。君達にはそこのスタッフとして働いてもらいたい。給料はいいですよ。一般的な高校生のバイト以上の給料は保証しましょう』 相澤が隼人に目を向けた。 『もちろん木村さんにはモデルの仕事をそのまま続けてもらってかまいません。渡辺さんも秋の大会を控えていますよね? 大会までは部活優先にしてもらってけっこうです。高園さんと緒方さんもバンド活動は継続していただいて差し支えありません』  悠真と晴のバンド活動のことだけでなく、隼人の読者モデルのバイトや亮のバスケの大会のことまで相澤は調査済みだった。 だが亮にはまだ相澤の真意が不明だった。女性限定のダイニングバーで働く話とクスリの売人がどう繋がる? 『まさかその店で俺達が女相手にクスリを売れと言ってるわけじゃねぇよな?』  相澤を睨み付ける隼人がけだるそうに脚を投げ出した。相澤が嬉々として指を鳴らす。 『その通りです。さすが木村さんは頭の回転が速い。頭の良い人間はすぐに話が通じて楽でいい。僕の新事業のダイニングバーは表向きは女性限定のバーですが、男が客の女にクスリを売る場として使います。君達は顔は申し分なく弁も立つ。女性相手の接客に向いていますよ。特に木村さん、あなたはね』 隼人は相澤の誘い文句にも意に介さない様子。女好きの隼人ではあるが、違法薬物などの犯罪行為には彼はまったくと言っていいほど興味がない。 『さっきから……ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ』  晴のドスの聞いた声が響いた。室内にピリッとした緊張感が走る。 『晴、落ち着け』 悠真がなだめるが晴の額には青筋が立ち、今にも暴れだしそうな雰囲気だった。 『女にクスリ売るとか興味ねぇよ。そもそもクスリ自体に興味がない』 隼人が言い切った。相澤は悠真、亮、晴を見る。 『他の皆さんも木村さんと同じ答えですか?』 『もちろん』 『あんたの仕事を手伝う気はねぇよ』 『用が済んだのなら早く失せろ』  悠真、亮、晴は口々に返答した。相澤は無表情で彼らを一瞥して溜息をついた。 『それは残念だ。まぁ最初からいいお返事は期待していませんでしたよ。君達は無駄に正義感の強いヒーロー気取りな方達ですからね』  天井の隅に向けて相澤が手招きのようなジェスチャーをする。彼はそこに仕掛けてあるカメラの向こうの存在に何か指示を出していた。 『お前、俺達に喧嘩売ってんの?』 隼人の睨みにも相澤は動じずにせせら笑う。 『先に喧嘩を売ってきたのは君達でしょう?』 『俺達が喧嘩を売った? あんたに何かした覚えはないが…』 澄まし顔の悠真もさすがにポーカーフェイスを崩して困惑していた。 『確かに君達に失礼を受けた覚えはないよ。』  また扉の開く音がする。今度はヒールの甲高い足音が近付いてきた。 「はぁーい、先輩達。お久しぶりです」  ヒールの音を鳴らして部屋に現れたのはショートヘアーを金髪に染めた若い女だ。鮮やかなショッキングピンクのヘソだしキャミソールに迷彩柄のミニスカート、シルバーの厚底サンダル、顔は大きなサングラスで覆われている。 お久しぶりと言われても亮はこの女に見覚えはなかった。隼人も悠真も女を見て眉を寄せる。ただひとり、晴だけは様子が違った。晴は女を睨み付けている。 『お前、誰だ?』 隼人の言葉に女は耳障りな笑い声をあげた。 「ヤダなぁ、木村先輩。もう私のこと忘れちゃったの? あれから1ヶ月しか経ってないのに。他の先輩達も忘れちゃいました?」  1ヶ月前と言うことは先月にこの女とどこかで会っているらしい。亮は記憶の底を探ってみるがやはりこの女に心当たりはなかった。
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