story3.Summer vacation 2002

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22.真の狙い(side 晴)  ミウのプリクラ帳に貼ってあったプリクラに写る二人の女。らくがきで書かれた名前は茶髪の女がミウの友達のRena、金髪ショートの女がMomoko。  蒼汰に確認のメールを送った晴は桃子の兄の兵藤(ひょうどう)清孝(きよたか)にもプリクラの写真を添付したメールを送っていた。清孝は杉澤学院高校の二大グループ、アルファルドとレグルスの親玉のシルバージャガーの元トップ。 蒼汰と清孝に確認をしてエリカ=兵藤桃子だと判明した。  蒼汰をハメた女と同じ空間にいるだけで虫酸が走る。 『まさか君があの兵藤さんだとは思わなかったよ。女は化粧と髪型で雰囲気変わるよね。でも香水は付けすぎかな。香水の付け方知らない?』  余裕綽々な態度で悠真は桃子を見据えた。こんな時でも冷静にかまえるところは悠真らしい。桃子は悠真を睨み付けて鼻を鳴らした。 『で? 晴の相棒ハメて、そこにいる金持ちの坊っちゃんと共謀して俺達をここに閉じ込めて、あんたは何がしたい?』  隼人も桃子の登場にげんなりしている。桃子は隼人に近付き、隼人の頬に触れた。桃子の爪はとても長く、ラメをベースにしたネイルにはゴテゴテとしたプルメリアのパーツがついている。 「ねぇー、木村先輩。増田奈緒には手を出さなかったの?」 『どうして今、増田さんの名前が出てくる?』 「だぁって。女に手が早いって噂の木村先輩が世話を焼いてる増田奈緒には手を出していないようだから。あの子は先輩の好みじゃないの?」 桃子の甘えた猫なで声が気持ち悪い。そして彼女の猫なで声を聞いて晴も悠真も亮も、隼人自身も気が付いた。 兵藤桃子の標的(ターゲット)は隼人だ。  桃子の指がいやらしく隼人の頬から首筋を撫で回す。隼人は顔をしかめて彼女を見上げた。 『そんなに増田奈緒が嫌いか?』 「嫌いよ。大っ嫌い。弱々しくてひとりじゃ何もできないくせに、ニコニコしてるだけで周りに助けてもらえて可愛がられて。先輩だってあの子の味方。別にもう会うこともないけどムカつくのよ」 『はっ。そのムカつくって感情を何て言うか教えてやろうか? 嫉妬って言うんだぞ』 隼人に嘲笑された桃子は歯ぎしりして隼人の頬に長い爪を立てた。隼人以外の三人が息を呑む。桃子が爪を立てた隼人の頬には赤い引っ掻き傷ができていた。 『……俺、一応モデルやってるんだよね。顔は商売道具なんだけど』 「これくらいの傷があっても木村先輩の顔の良さは失われませんよ」 桃子はベージュのグロスを塗った唇を不気味に上げて後ろを振り返る。彼女は相澤と目を合わせた。 「直輝さん。木村先輩に使ってもいい?」 『いいよ。どうなるか楽しみだね』 「針の方がいいかな」 『無理やりは飲まないだろうね。針にしよう』  相澤と桃子、二人にしかわからない会話を繰り広げ、桃子はブランドのロゴがついたハンドバッグから小さな袋を取り出した。 「先輩達、これ何だと思います?」  病院で処方されるような透明な小袋には薄いオレンジ色の粉末が入っている。この状況でそれが何かと聞かれれば答えはひとつだ。 『クスリか?』 隼人が答えた。桃子はふふっと含み笑いを漏らして袋の中身を振った。 「せいかーい。でもただのクスリじゃないよ。これはね、性的欲求を増幅させてエクスタシーを感じやすくさせる禁断の果実。中東ではこれを十代の処女の花嫁に飲ませて初夜を迎えるんだってぇ。悪趣味よね。このクスリを飲むと援交でオヤジとヤってる時もめちゃくちゃ気持ちいいの。だけど相手が脂ぎったオヤジじゃなければもっといいなぁって」 桃子の隼人を見る目付きで彼女の目的の予想は大方ついた。 「木村先輩、私とヤリましょぉ? 私これでも男の数はこなしてるの。先輩を満足させられる自信はあるのよ。このクスリを木村先輩に使ったらその気がなくても私が欲しくてたまらなくなっちゃうんだから」 『やれるものならやってみろよ』 「強気でいられるのも今のうちです。このクスリは即効性なの。クスリを打たれたらすぐに効果が現れて、先輩の方から私を求めてくるようになる。楽しみね」  桃子と隼人の攻防戦を晴は見ていることしかできない。早く早くと(はや)る気持ちを抑えて晴は手錠の嵌まる手首の腕時計を見た。 「これで終わりじゃないよ。私の目的は正義感面したあんた達を叩き潰すこと。だって先輩達は私の学校での楽しいお遊びを邪魔してくれたんだもの。お返しをしなくちゃ。正義感の塊の先輩達のプライドをズタズタにして私と直輝さんのオモチャにするの。面白いでしょう? それに先輩達に復讐したい人間は私だけじゃない」  複数人の足音が入り乱れている。数珠繋ぎに部屋に入ってきたのは鉄パイプを持った男達。ざっと見て二十人はいる男の群れを見ても晴達四人は平然としていた。 鉄パイプを持った男達が相澤と桃子を中心にして壁際にいる晴達を取り囲む。 『どうもー。高園会長に木村副会長。そうらってしおらしく捕まってると会長達もまだ可愛く見えますね』 シルバーのアクセサリーをじゃらじゃらと首に巻き付けた男が悦に入った笑みで悠真と隼人を見る。眉を寄せた悠真は男を数秒見て頷いた。 『お前アルファルドにいた奴か』 『ザッツライト! さっすが生徒会長。顔を覚えてもらっていて光栄ですよ。ここにいる奴ら皆、あんた達のおかげで退学になったんだ。きっちり仕返しさせてもらいますよ』  見覚えのある顔だらけだと思えば先月に晴達が解散させた杉澤学院高校の不良グループ、アルファルドとレグルスの中心メンバーだ。 賭け事件の生徒の処分は停学と退学でわかれたが、ここに集まるのは退学処分を受けた人間達ばかりだ。  男が二人の仲間に指示をする。二人の男が隼人の腕を両側から持ち上げて無理やり立たせた。 『隼人に何するんだよっ!』 亮が叫ぶが、別の男が亮の前に鉄パイプをちらつかせる。 『木村副会長はうちの女王様がご所望なんだ。邪魔するとこれで頭吹っ飛ばすぞ』 銀色に冷たく光る鉄パイプが亮の頬に当たる。亮は唇を噛み締めて拘束される隼人を目で追った。  アルファルドのリーダーが隼人に近付き、隼人の髪を鷲掴む。 『木村隼人、いい様だな。杉澤にいた時から俺はずーっとお前が気に入らなかったんだ』 『別にお前に気に入られたくもねぇよ』 『そういう生意気な態度とってると後で後悔するぜ?』 男が隼人の腹部に拳を撃ち込んだ。隼人は体を前のめりに倒して何度も咳き込み、膝がガクッと曲がった。 『隼人っ!』 悠真が叫ぶ。悠真も亮も晴も、怒りを露にした。もう我慢の限界だった。このままじゃ隼人が危ない。 「木村先輩はこれから私を楽しませるための大事な仕事があるんだから、あんまりボコボコに殴らないでね。顔も殴るの止めてよ」  桃子はオレンジ色の粉末を水に溶いて注射器に入れている。あの注射器を使って隼人にクスリを打つつもりだ。 「木村先輩が私を抱いてるとこを写真に撮って増田奈緒の携帯に送りつけるの。あ、キス写真も付けようかな。あの子、木村先輩のこと好きだから私のモノになってる先輩を見てショック受けちゃうだろうね」 『……あんた勘違いしてるな』  男達に拘束される隼人は呼吸を荒くして桃子を睨んだ。 『増田奈緒とあんたは違うんだよ。俺が増田奈緒に手を出さなかったのはあの子が俺の女に向いてないだけ。あの子だけを見てくれる男はすぐに見つかる。だがあんたは単に俺の好みじゃねぇんだよ。女なら誰でも抱くと思うなよ? 俺にも選ぶ権利はある』 桃子の頬に赤みが差す。相澤が口の端を歪めて笑った。 『よく回る口だ。やはり君は一段と面白いね』 『うるせーよ。ヤク中野郎は黙ってろ。てめぇもクスリクスリって気持ち悪りぃんだよ。おい兵藤桃子。さっき増田奈緒をひとりじゃ何もできないって言ったけどな、ひとりじゃ何もできないのはお前だろ? 増田奈緒は最後はひとりでお前と戦った。でもお前はこんなに大勢集めねぇと俺達に対抗できねぇのか? ひとりで戦う度胸もねぇんだな』  隼人はこんな状況でも自分を曲げず、言いたいことを言う。彼は絶対に相澤と桃子に屈しない。 「言いたい放題言ってくれますね。すぐにその強気な口聞けなくさせてあげる。クスリを使えば木村先輩は私のモノ」 舌打ちした桃子は晴、悠真、亮を順に見た。 「あとの三人もみんな好きにオモチャにしていいよ。そうそう、緒方先輩。黒龍のリーダーとNo.2の蒼汰なら待っててもこっちに来ませんよ。黒龍のリーダーとNo.2を潰すことも目的のひとつなの。二人を潰して新しいリーダーを立てて、アルファルドとレグルス、シルバージャガーを加えた関東最大のグループを作る。そのためには邪魔なリーダーとNo.2の蒼汰には消えてもらいます。緒方先輩ごめんなさいねぇ」 彼女はオレンジ色の液体の入る注射器をかざして法悦している。腰をくねらせ、また隼人に近づいた。 桃子と入れ違いに晴の前に立った男が晴の胸ぐらを掴んだ。レグルスのサブリーダーだ。 『緒方ぁ。お前も仲間に裏切られて気の毒だな? 黒龍のリーダーとNo.2は今頃ボコボコにやられてるだろうよ』  晴は笑いを堪えるのに必死だった。洸と蒼汰がやられてる? そんなことあり得ない。 『何笑ってやがる』 『お前らさぁ……あんまりを甘く見ない方がいいぜ?』 晴の含み笑いに彼の胸ぐらを掴んでいた男が怯んだ直後、盛大な音を立てて扉が開いた。
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