story3.Summer vacation 2002

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25.ペトリコール(side 晴)  監禁されていたプレハブ小屋の前で晴達は何をするでもなく時間をもて余していた。雨上がりの夏の夜は肌寒い。  彼らと共に待機している香道秋彦が先ほどから携帯で誰かとやりとりをしている。通話を切った香道は携帯電話をスーツのポケットに入れて晴達の顔を見た。 『龍牙から連絡があった。今から拓を警察に連れていくそうだ』 香道の知らせを聞いて晴は目を閉じた。晴が抜けた後の黒龍No.3を引き継いだ拓。可愛がってきた後輩だった。 『お前達も今日は帰れ。近々話を聞くために警察に来てもらうからその時は宜しくな』 仲間に裏切られた晴達の心情を察する香道の蒼汰や洸、晴を見る眼差しは温かい。 『……腹減った』  晴の隣で亮が呟いた。もうすぐ午後9時だ。 『何か食いに行くか。駅前に出れば店もあるだろ』 『さんせー! ラーメン食いたい』  悠真の提案に蒼汰が乗る。桃子の一件もあり蒼汰もかなりショックを受けているはずなのにわざと明るく振る舞おうとしている。 車止めに腰かけていた晴は手を叩いて勢いよく立ち上がった。 『よっしゃ。みんなでラーメン食いに行くか。悠真達は洸と蒼汰とマサルのバイクの後ろにそれぞれ乗ればいいし』 『晴のバイクは?』 『俺のは八王子駅に置いて来たからアキさんに頼んでそこまで乗っけてもらう』  晴だけは八王子駅に置いてきたバイクを取りに香道のパトカーに乗せてもらい、そこから悠真達と合流する段取りとなった。 晴は隼人の姿を捜す。隼人は駐車場の金網にもたれてひとりで黄昏(たそがれ)ていた。晴は隼人のもとに駆けた。 『隼人。大丈夫か? 今回はお前が一番ボロボロだろ』 『腹はたまに痛むけど平気』 桃子に傷付けられた隼人の頬の引っ掻き傷が痛々しい。隼人は頬に触れた。 『これからみんなでラーメン食いに行くことになった。隼人も行くだろ?』 『……ああ』  受け答えも上の空の隼人の隣に晴は並ぶ。二人は金網に背をつけ、晴は足元に転がる小石を軽く蹴った。空気中に残る雨の匂い。この匂いが晴は好きだった。 『なにボーッとしてたん?』 『一番の悪は桃子と清孝の親だろうなって考えてた。親に役立たずと言われたら誰でも桃子みたいになる。勉強ができればいいってものでもないのに。桃子も被害者なんだろうな』 空を見上げた隼人につられて晴も空を見る。雨上がりの空に月が綺麗に輝いていた。 『桃子って隼人に惚れてたよな』 『……さぁな』  月の光に照らされた隼人の顔はどこか哀しげに見えた。
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