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29.ラストサマー(side 隼人)
8月25日(Sun)
『ああ! それ俺のポテト! 返せ!』
『こんなに沢山あるんだからケチケチするなよー』
『じゃあ俺も晴のチキン貰う!』
『おおっ? やりやがったな!』
理久のフライドポテトに手を伸ばしてポテトを口に運ぶ晴と、晴のチキンナゲットをフォークに刺して皿に盛る理久のバトルが始まり、それにトオルが参戦している。
『お前らガキか』
『晴と理久ってノリ似てるよなぁ』
晴達の小学生レベルの争いを嬉々として見物する亮と陽平。似ているなら陽平も晴と理久にノリが似ていると隼人はツッコミを入れたかった。
後輩の増田奈緒のバイト先の新宿のハンバーガーショップの一角を占拠する七人のメンバーは、隼人、悠真、亮、晴のいつもの四人組に同級生の陽平、隼人のモデル仲間の理久、理久と晴の友達のトオル。
隼人と悠真はカウンター席で店長自家製のアイスコーヒーを飲みながら晴達の賑やかな話し声に耳を傾けていた。
「皆さん楽しそうですね。男の子って友達の友達ともすぐに仲良くなれていいなぁ。それに皆さんイケメンだからこんなイケメン軍団が歩いていたら絶対に目立ちますね!」
ハンバーガーショップのエプロンをつけた店員の奈緒がカウンターの向こうからニコニコと晴達を眺めている。
相澤直輝が主犯の拉致事件に兵藤桃子が関わっていたことは奈緒には黙っておこうと隼人達の間で決まった。嫌がらせの犯人が桃子だったことで只でさえ奈緒は傷付いている。
これ以上奈緒を傷付けたくはない。学校を退学している桃子が今後、奈緒と接触することもないだろう。
『増田さん、好きな男できたんだって? 悠真から聞いた』
「ええっ! ちょっと高園先輩っ。内緒にしてくださいって言ったじゃないですか」
『ははっ。ごめんごめん。つい口が滑って』
わかりやすく顔を赤くする奈緒と肩を震わせて笑う悠真。
「まだ好きって言うか、いいなぁって思ってるくらいで……」
奈緒が横目で厨房を見た。ここの常連客の悠真の情報によれば、奈緒の片想いの相手はここでバイトをしている大学生だ。
『何かあったら相談乗るからいつでも言えよ』
「はい!」
隼人達にとって奈緒はすっかり可愛い後輩の位置が定着していた。奈緒は誰にも媚びない。他の女達のように見返りの愛情を期待しない。
だから気楽に先輩後輩として付き合えた。
厨房から奈緒を呼ぶ声がした。片想いの男に名前を呼ばれた奈緒は顔を赤くして厨房に駆けていく。
『あれだけ顔赤くしてると相手にはバレてるよな』
『増田さん純情だからな』
『だから手を出さなかったんだろ。増田さんが隼人を好きなことはバレバレなのにお前は気付かないフリしてるから不思議だったんだ』
『増田さんと幼なじみの女が似てるんだよ。一途なとこやすぐ顔に出るとことか。でも一途に思われても俺は応えてやれないからさ』
恋や愛には本気になれない。ゲーム感覚の恋愛で充分だ。
『隼人とは違うけど俺も純情な女よりはそれなりに酸いも甘いも知ってる女の方が楽でいい』
『前から気になってたんだけど悠真が年上専門なのはただの熟女趣味?』
悠真が相手に選ぶ女は年上の二十代後半から三十代が多い。悠真が同年代の女子高生を連れているところは見たことがない。
『十代の女は苦手なんだ』
澄まし顔が得意な悠真が珍しく苦笑いしていた。きっとまだ、悠真については知らないことがある。彼が抱えている何かをいつか話してくれたとしても、話さなくてもどちらでもいい。
知っていても知らなくても、友達だからだ。
頃合いを見計らって隼人達はハンバーガーショップを出た。
今日は花火大会がある。何が悲しくて男七人で花火大会に行かなくてはならないのかとここに集う全員が口を揃えて言っているが、何だかんだで皆楽しそうだった。
奈緒もバイトの後に例の片想いの相手と花火大会に行くようだ。一緒に花火大会に行けるのなら奈緒の片想いも案外上手く行くかもしれない。
地下鉄に揺られて花火大会の会場に向かう。途中で浴衣を着た女子高生や年上女性の集団から花火に一緒に行こうと誘われ、断りつつも理久と陽平とトオルは女の子達と連絡先を交換していた。
『隼人、なんで今日は女の子に素っ気なかったんだ? さっき逆ナンしてきた子達の目当てはお前と悠真だろ』
『女の相手するのが面倒くさかった』
『お前って奴は……確実に全世界のモテない男を敵に回したぞ』
亮と話しながら隼人はメインの会場に入る。会場となる広場はすでに賑わい、並んだ屋台からは食欲をそそるいい匂いが漂っている。
さっそく屋台でチョコバナナを購入した理久が二本あるチョコバナナのひとつを隼人に差し出した。
『ひとつって言ったのにお姉さんがサービスしてくれたぜ。隼人、食べる?』
『サンキュー』
隼人は理久からチョコバナナを受け取り、かじりついた。甘いチョコとバナナの味が口に広がる。
『まったりしてていいよなぁ。THE、青春って感じ』
陽平が芝生に寝そべってしみじみと薄暗くなる空を見上げた。
『今年の夏は大変だったなぁ』
屋台で買った焼きそばを掻き込む晴も呟く。悠真は持参した扇子を扇ぎ、他の者達もそれぞれ食べ物片手に空を見上げた。
ヒューっと甲高い音の後にパァン……と夜空に花が咲く。何発も続けて打ち上がる花火に隼人達は見入った。
晴の言うとおり今年の夏は色々あって大変だった。梅雨真っ只中に起きたテストの賭け事件、晴の追試勉強に付き合った夏の始まり、謎の男達に尾行されて駅まで全力疾走した終業式、相澤直輝に拉致監禁された夏休み。
ここまで色々と詰め込まれたエキサイティングな夏はもう二度と訪れないかもしれない。
(そういや、行方不明って言ってた麻衣子の友達、どうなったんだろ)
最近、幼なじみの麻衣子の高校の友達が行方不明になった。盆休み辺りから突然連絡が取れなくなったそうだ。名前がリオと言うその友達は例のキスマークの主。
事情はわからないが麻衣子の沈んだ顔は見たくない。夏休みが終わる前に息抜きにバイクに乗せてどこかに連れ出そう。
もがいて苦しんで騒いで楽しんだ、彼らの高校生活最後の夏休みがもうすぐ終わる。
彼らはこの夏に何を失って何を手に入れただろう?
空虚と幻惑のサマーバケーション、2002。
story3.END
→あとがきに続く
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