ツンの後はデレをください

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 特にあれ以上のこともなく無事帰路に着いた司は、やけにきょろきょろしながら借りた合鍵で由香里の部屋に入る。駅での出来事がまだ強烈に頭に残っているためだ。  そっと玄関を開けたが中は真っ暗だった。 「あれ、まだ帰ってきてない。残業とかかな」  独り言を呟きながら靴を脱ぐ。ぱ、と明かりが点いた。何もしていないのにいきなり明るくなった室内に驚き後ろを向くと、由香里が立っていた。もちろん覆面だ。 「お! かえりなさい」 「ただいま。今日はスカートじゃないんだ」 ――初日からやらかしたぁ……!  まだ女子たちから借りた服を袋から出しておらず男物を着ていたため、慌てて訂正する。 「いや、あの、今日はちょっとボーイッシュにいこうかな~……なんて」 「そう」  納得してくれたらしい由香里から逃げるように洗面所に入る。慣れていないことをいきなり始めることがいかに難しいか、まだ五月蠅い心臓を押さえて深呼吸した。 「ふおお……やっべ、昨日の今日で変態女装男として新聞に載るとこだった」  全身の冷や汗を流すように蛇口を捻り手を入念に洗う。リビングの方から水を流す音が聞こえてきた。 ――キッチンで手ェ洗ってんのか。  それならば居候のこちらが譲るべきだった、すでに綺麗になった手のひらを見てそう思った。  次の日、二日ぶりにバイトへ行ったら変に心配されてしまった。どうやらバイトの中で噂が誇張されて、司自身が事故に巻き込まれたところまで話が大きくなっていたらしい。 「そしたらオレ、ここに来てないですって」  制服に着替えながら笑う。  司は昨日金田と行ったところとは別のファミレスでバイトをしており、二十四時間営業のここであればシフト制で時間の都合を付けやすい。本当はキッチンで働きたかったのだが、面接で無駄に愛想を振りまいた所為でホールに回されてしまった。 「よかったぁ! 司君、昨日来ないからてっきり入院したんだと思って」  同じくホールの安藤が安心した様子で話しかけてくる。自分より少し下の頭に手を乗せてぽんぽんと叩く。 「ごめんな、心配かけて」  すると安藤は視線をずらしぽっと頬を赤くさせたが、上から見ている司は気が付かなかった。キッチン担当の大島が司の肩にぐい、と腕を回して自分の方へ引き寄せて言う。大島は司の二歳上で、バイト仲間としても先輩だ。 「おいぃ、また女子たらしこんで何してんの」 「大島さん、痛いです。たらしこんでないし」  大島の妙に強く引いてくる腕を外して抗議する。何も悪いことはしていない、そもそもたらしているのは大島の方だろう。  大島は女に関して良い噂が無い。やれ一か月ごとに違う彼女を連れているだの、自宅に浮気相手といたら本命が来てしまっただの噂に疎い司の耳にまで入ってくる程だ。 「オレ、女に興味無いっす」  恋愛することを知らない司は素直に大島に言う。女の話が出来ないと知って関心が薄れたのか、その日のバイトで何か言われることもなくほっとする。必要以上に絡まれるのが嫌なだけで大島のことは嫌いではないので、今後も先輩後輩としてうまくやっていきたい。
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