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部屋に戻ったら部屋が無かった。
「って! いやいやいや、おかしいでしょ!」
正確に言えば、自分の部屋より隣の住人の部屋の方が全く無かった。状況から察するに、隣の部屋が何らかの原因で爆発し、自分の部屋にまで被害が及んでしまったといったところか。綺麗に風穴が開き、玄関と廊下が外から丸見えになっている。
冷静に分析する近藤司だったが、原因が分かったところでどうしようもない。頭を抱えて蹲った。
「え? ギャグ、ギャグなの? どっきり?」
――どっきりならさっさとどっきりの看板出せよ!
そう願ってみても一向に目の前に広がる現実は変わらない。
今日はいつもより早く帰宅出来た上、明日も大学が午前中の講義だけで意気揚々と帰っていたはずなのに、これは一体どうしたことか。今日の占いはいて座が最下位だったかはたまた厄日か、厄年って何歳だっけと解決することのない問いをぐるぐる頭で駆け巡っていれば、ふとすぐ前に影が落ちた。
誰かが司の傍に来たらしい、隣の住人が謝りにでも来たのだろうか。謝られたところでどうにかなるものではないけれども。
苛々を募らせながら勢いよく顔を上げれば、そこにはOL姿に覆面を被った女らしき人が立っていた。顔が見えないため、体格とスカートという恰好を見ての性別判断である。それより何故覆面、突然の不審者に怯え器用に座ったまま廊下の壁まで後ずさった。
「怖い怖いぃ! 何だよお前、いや貴方様怖いですよ! あ、これがどっきりなのか?」
明らかに動揺を見せる司と対照的に、覆面OLは無言で少しずつにじりよってくる。怖さが最高点を振り切り、逃げることも忘れかたかた震える司。手を伸ばせば触れることの出来る距離まで近づいた時、おもむろに覆面OLが内ポケットに手を掛けた。
――こここ、殺されるぅぅううう!
「許してください! 誰でもいいから助けてぇえ!」
刃物でも出てきて刺されることを予想してぎゅう、と限界まで体を縮ませてみたが、一向に想像していた痛みはやってこない。しかし目を開けて現実を見るのはもっと怖い。
しばらくの間固まっていた司の肩にぽん、と手のひらが置かれ思わずそれを確認すれば、言わずもがなの手であった。声無き声を上げて全身で震える。一人大地震だ。その様子が癇に障ったのか「神様神様、お助けを」とぶつぶつ呟く司の頭を鷲掴みしてぐい、と無理矢理上を向かせた。
「ッいって! 何すん! いえ、何でもありませぇん」
一瞬怒りが募ったが、思った以上に近距離にある覆面に恐れおののき敬語で謝ってしまう。そこにするりと鍵が差し出された。見覚えのある形状は、ここのアパートの鍵で間違いない。
「私、隣の住人」
「え、貴方が爆発させたんですか。やっぱり愉快犯……いでっ」
思ったことをそのまま口に出すと、指に鍵を引っかけたまま頭を小突かれた。涙目で見上げた先に右手がある。それが指し示す方を向けば、爆発した部屋ではなく反対側の部屋が見えた。つまり、この女は反対側の隣人というわけだ。
納得した司はこくこく頷くが、疑問が解消されたわけではない。ここまでで大した危害が加えられていないということは、怪しさを置いておけば話の通じる人物かもしれないと思い、意を決して口を開いた。
「あの……、オレに何か用ですか」
――何で覆面被ってんですかとか聞けるかボケェ! つうか、声可愛い! 無駄に可愛いよ、覆面のくせに!
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