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自分の中の何かに言い訳しつつ問えば、二人の距離をさらに数センチまで縮めてきて言う。
「住む家はあるの」
「あ……そうか」
いきなりの事故と破壊力満点の女に気を取られていたが、考えてみれば半分爆発している部屋に住めるわけがない。かといって大学から遠いと一人暮らしをしている司なので実家に戻ることは出来ないし、友人も地元の連中ばかりだ。大学一年生である司はまだ大学内で仲良のいい友人も数人だけで、しかも全員実家暮らしだ。実はかなり危うい状況だということにやっと気が付き顔を青くさせた。
「ど、どうしよう。しばらくネカフェ難民? きっとお隣から援助金くらい出るよな?」
目の前の不審者も忘れてきょろきょろ視線を動かして慌てだす。未だ大爆発を起こした元凶はここに現れていないが、さすがに非の無い司には何かしらの補償が出るはずだ。
「援助金が出るとしても、保険会社とのやり取りがあるからまだ先だと思う。爆発起こした奴ならさっき火傷していたから救急車で運ばれた。程度は軽そうだったけど」
司の考えていることを理解したのか覆面OLが助け舟として説明してくれるが、説明されたところで、司に住む場所が与えられないということが分かっただけで解決にはならなかった。ついに力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
「終わった……バイト代もまだ先だし貯金ほとんど無いし」
このまま廊下で寝転んでしまいそうな司の腕を、覆面OLがむんずと掴み立ち上がらせた。突然の出来事に目をぱちぱち瞬かせる。そういえばまだこの問題が残っていた。何を言えばいいだろうかと悩む司をよそに、腕を掴んだまま歩き出す。
「あの、何処に……?」不安げに後ろ姿を見上げるが、返事は無い。
「それより、あんたの名前は」
いい加減覆面OLと心の中で呼ぶのも飽きてきた。答えてくれる分からないながら聞いてみる。
すると意外にもすぐに答えが返ってきた。いつの間にか二人は司の部屋を越えて隣の部屋の前に立っており、とんとんと叩かれた壁のすぐ上にプレートが見えたのだ。つまりここに書かれている名前が彼女のものということになる。
「えーと、竹下由香里……さん」
当たり前だが、思った以上に普通の名前で拍子抜けする。もっとこう、フレグランス中田とか鈴木マリアンヌとかもう何これ何人だよ? とツッコミ満載の名前を知らず知らずの内に想像していたらしい。だって仕方がない、見た目が“ああ”なのだから。
「日本人なんですね」
やっと出てきたおかしな感想に、覆面OLもとい由香里は頭を小突くことで反論する。はあ、とため息を吐く音が聞こえ、やっと口を開いてくれた。
「今日からここに住めばいい」
「え? 竹下さんの部屋に? いやいやいや、無理っす。こんな訳の分かんな、いや見ず知らずの方にご迷惑掛けるわけにはって、ひぃぃっ!」
至近距離は勘弁してほしい。ずいい、と間近に接近してきた覆面は殊更恐ろしかった。本当に何故覆面チョイスなのか、もっとなかったのか。せめて顔を隠すだけなら可愛らしいお面であれば普通に会話出来そうなものなのに。不審者に変わりはないが。
怖い。ひたすらに怖い。隙間から見える鋭い瞳が、他が隠れている所為で尚更強調されていて、今日何処かで犯罪を犯してきた者にしか見えないのだ。女性でありながら明らかに堅気ではない瞳に見つめられ、どうしたら由香里から抜け出せるか必死に考える司だったが、結局行く当ても無く佇むだけだった。
「とりあえず疲れただろうから入って。お茶でも飲もう」
「え」
「叫び通しだから喉も乾いているでしょ」
「確かに……」
「さあ」
「あ、はい」
急に優しくなった由香里に促され、本当に疲れていた司は素直に付いていってしまった。小学生もびっくりのちょろさである。
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