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「……はっ!」
気が付いた時には遅く、すでにリビングのソファに座らされ茶を啜っていた。自分自身の流されやすさに呆れてしまう。どうしてこうなった。
「あの、竹下さん」
「何」
部屋に着いてから、由香里は見かけによらず座る用のクッションを渡しせっせと茶を出す女子力を見せている。それでも如何せん覆面のため、司にその力の半分も届いていない。
「本当に申し訳ないんで。オレ、住む場所決まるまでどっかで寝泊り出来ますし」
「ダメ。どうせいきなりだから泊まる場所も無いでしょう。さっさと荷物を取りに行ってきなさい。貴重品とかやばいんじゃないの?」
「そうか! ちょっと取ってきます」
由香里の注意を聞いて途端に走り出す。「有難う御座います!」と礼まで言う始末だ。由香里はあれで社会に出られるのかと不安に思ってしまった。
十分程して戻ってきた司の手には、貴重品だけでなく衣類などの生活用品も握られていた。
「えへへ……、竹下さん良い人そうなんで、とりあえず今日泊まってもいいですか」
先ほどの言葉が有り難く司の胸に響いたらしい。貴重品を守ることが出来た司は、すっかり由香里を信頼していた。やはり騙されやすい。由香里は覆面の奥で遠い目を送る。
「一つ部屋が余っている。そこを使って」
司と由香里が住むアパートは比較的単身者向けだが、角部屋だけは広く作られていてリビングの他に二部屋ある。自分の部屋より広いそこを覗いて司は少しだけテンションが上がった。
「やりぃー! オレ、リビングで寝ると思ってました。後で布団持ってきますね」
周囲に花を飛ばせて上機嫌な司に安心して席を立つ。その様子を司が不思議そうに眺めた。
「どっか行くんですか?」
「夕飯を買ってくる」
それだけ言うと、すたすた歩いて外へ出てしまった。流れる動作にぽかんと見ていた司だったが、この家の鍵を持っていないため出られないことに気付く。足りない物は由香里が帰ってきてから取りに行くとして、少し疲れた体を休めようとソファの上でごろんと横になった。
「ふあぁ~、疲れた~。でも竹下さん、見た目はああだけど変な人じゃないっぽいしよかった。つーか、覆面の時点で変だけど」
がばりと起き上がり、今しがた出ていった玄関を見遣る。
「……あの人、覆面のまま行ったのか?」
職務質問されるのではないかと心配し出す司だったが、玄関近くに設置された鏡を見た瞬間それ以上の厄介なことに気が付いた。
「げっ!」
すっかり色の戻っていた司の顔が真っ青を通り越して真っ白になる。
気にしなければ問題無いといえば問題無い。しかし、これはかなり重要なことではないだろうか。おろおろする司だったが、慰めてくれる者もアドバイスをくれる者も残念ながらここにはいない。
両手を頬に当てて一人きりの部屋で叫ぶ。
「オレ、スカート履いてたぁあああ!」
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