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「うおおおぉおお……」
己の恰好をしげしげ見下ろし、そのまま床に手を付き過去の自分に殺意を抱く。
今日は来月行われる大学の学祭で着る衣装合わせがあり、本番で売り子としてウエイトレスをしなければならない司は半ばムキになって着替えと化粧をし、その場のノリでエプロンを脱いだだけでここまで帰ってきてしまったのだ。
浅はかさに自分を殴りたくなる。きっとこれは、間違いなく司を女だと思っている。少々デカい女だが、大学の皆の評判も上々であった。男だと知っていて一人暮らしの部屋に住めと誘ってくる女は普通いない。
――どうしよう……今さら「オレ、男です」って言ったら、ただの女装癖な変態じゃん。やべぇだろ通報もんだろ。
「やべぇオレ詰んだ死亡した……! セーブしないで今朝からやり直してぇ……」
頭を抱え悶え苦しむ虫のようにごろごろ動き回っていた司だったが、難しく考えることが苦手な故結論はすぐに出た。
「よし、秘密でいこう! オレは今オンナオンナ」
全力で女の振りをすることに決める。女装男より常に覆面の由香里の方が世間的に問題があるはずなのだから、それに比べれば自分の方は悩む程のことでもない気がしてきた。明日にでも、知り合いの女子に服を借りなければ。すっかり立ち直った司は変なところでこだわり始め、さっそくスマホを取り出し、貸してくれそうな心の広い女子をピックアップした。
「もしも~し、近藤だけど。夕奈ちゃん?」
『何どうしたの、いきなり電話なんかして。私は彼女じゃないぞー』
「ごめんごめん。あのさ、オレ今日学祭の恰好で帰っちゃったじゃん」
『うん。かなりイケてたよね! 私写メめっちゃ撮ったよ、ファン過ぎてネットにもアップ済』
「どこ行ったオレの肖像権!」
さり気なく爆弾を投下してきて部屋で叫んでしまう。彼女の行動力に身震いがした。
『大丈夫。あれはれっきとした女の子、すんごい可愛かったんだから』
「褒めてくれても嬉しくないし、勝手にアップすんなよ」
『ううん、女の子だって言ってるでしょ! 私は架空の女の子をアップしたの、あの子は司君じゃないの』
「なるほど分からん」
『だから、司君は何も心配無―い。肖像権も存在しなーい』
「うん?」
『司君に危険は及ばないから問題無いよ。んで、そんなことより学祭の恰好が何だって?』
「え、そうなの? そんなことなの?」
何か丸め込まれた気がするが、今は下手に出ないといけない立場なので諦めて話を進めることにする。
「あのさ、学祭までに練習したいから、服とか化粧品ちょっと貸してくれないかなあ……なんて」
ダメ元なのでどんどん語尾が小さくなっていく。電話越しの相手からも反応が無く、変な注文をしたことを自覚してすでに後悔した。
しかし、忘れていたが夕奈は女装司の大ファンなのだ。
『オッケー!』
「マジか!」
『マジもマジだよ、何それどうしてそうなった! 司君、いや司ちゃん! ばんばん練習しちゃって! 本番楽しみー!』
「やった! 夕奈ちゃんありがとー」
『いいってことよ! 明日さっそく持ってくね』
「悪いね、何か奢るから」
『じゃあ、司ちゃんの写真を』
「却下」
興奮した夕奈にやや引き気味になりながらも、礼を言いつつ強引に終了させた。
「……最近の女子、怖い」
我が友人ながら押しの強さに圧倒される。
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