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もやもやした気持ちがすっきりしたところで立ち上がる。もう夜中に差し掛かる時間だったが風呂に入っていないことを思い出した。
さすがに今日の今日知り合った女の家で風呂に入るのも憚られるが、先ほど自分の部屋を確認したところ風呂のドアも破壊された状態だったので、恐らく入れないだろう。風呂を借りても構わないか聞くため洗面所へ向かう。
「えーと、声もちょっと高めに出した方がいいよな。あー、あ、あ、テストテストオッケーイ。竹下さーん、入りますよ」
廊下で声の状態を確かめ、すっかり由香里に慣れた司は軽い言い方で返事も聞かずに洗面所のドアを開ける。何も考えずにした行動だったが、一秒後すでに後悔した。
「……ッ!!」
「……ああああ! すす、すんませぇん!」
いきなり入ったのが災いし、由香里がちょうど着替え中だった。幸いズボンは履いており、上は上着を持った手で隠されていて、今まで風呂に入っていてちょうどパジャマに着替えるところなのだろう。
ちなみに覆面は被っていた。とんだラッキースケベもいいところで、覆面した女が服を乱しているなど危なさが絶好調に増しており、むしろ出くわした方が速攻で「おまわりさーん!」と叫ぶレベルである。
しかしここは女子同士と見せかけて片方は男子。司は慌てて後ろを向きながら問いかける。
「あの……お風呂、入っていいですか?」
「…………」
数秒の沈黙の後了承の声が聞こえ、司は礼を言って意気揚々と風呂の準備をした。
洗面所に戻ったところ、真新しいバスタオルとその上にドライヤーが置かれていた。どうやら由香里が気をきかせて置いてくれたらしい。初対面の相手をいくら不幸に思ったとしても家に上げてしまうくらいの人物であるのだから、思った以上にお人よしなのかもしれない。顔を見て話すことが出来れば、もう少し意思疎通がしやすくて仲良くなれるかもしれないのだが。
「ま、いいか。ちょっとの間だけだし」
どうせすぐにでも隣の元凶の住人が謝りに来てくれて新しい部屋に引っ越すことが出来るだろう。特に気にせず浴室のドアをがらりと開ける。司は固まった。
「……ホ、ホテルか!」
女といえど一人暮らしは一人暮らし。片付けられない女子という名前があるくらいだから、人に言えるレベルの汚さではない者も珍しくない。それこそあちこちにカビや埃が舞っている例もある。
由香里の部屋に足を踏み入れた時「一人暮らしにしては綺麗だ」とは思ったものの、まさかここまでとは思わなかった。目の前に広がる浴室は、水回り特有の水カビも見当たらず床もぬるぬるした箇所が全く無い。
「あ! ここはさすがに」
いくら綺麗だとは言っても汚い箇所の一つくらいはあるだろうと、シャンプーボトルの底に手を滑らせたが、ぬめりどころか「きゅっ」と音が鳴るくらい清潔そのものだった。自分の部屋と比べて何だか落ち込んでしまう。
「何これ、あの見た目で女子力発揮とかねえし! いや、見た目っつっても覆面で怪しいだけだから、脱げば意外と見られる顔とか? 声可愛いし……うわー誰似だろう」
想像してみる。が、隙間から見える瞳と口もとしかヒントが無いので、何も浮かんでこなかった。
「竹下さんのことは気にしないようにしよう」
今日起きた爆発事故よりも由香里のことを考えている気がして、とりあえず頭の隅に追いやることにする。いずれ礼をしなければならないが、長い間世話になるつもりはないのだ。
シャワーを出し、髪の毛を洗うためにシャンプーを手に取った司は重要なことに気が付いてしまった。
「このシャンプーボトル……クマさん!」
ちなみに、コンディショナーボトルはウサギさんだった。
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