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1.序章(1)
芹沢は車の後部座席に座って秘書に渡された書類に目を通していた。
少し緩めておいた黒いネクタの結び目に指を突っ込むと、更に緩めて抜き取ってしまった。
彼の疲れた横顔の向こう側の窓には、滝のような豪雨が絶え間なく打ち付け、おかげでカーテンの役目を果たしていた。
彼は一人息子の七回忌を終えると、親族への挨拶もそこそこに会場を抜け出し、荒々しい雨音だけに隔離されて仕事をしていた。
親族といっても殆どが息子の母親、芹沢の別れた妻側の人たちばかりだったこともあり、むしろ彼の不在は相手には好都合だろう。
芹沢本人がいなくても、彼に仕える者が後の事は上手く処理するはずだ。
それより今の彼は、逃がした大物アイドルにかわる人材を急いで見つけなくてはならなかった。
彼はアイドルタレントを主に扱う仕事をしていたが、未来のアイドルの卵たちを集めた 「キッズ」 の知名度はまだまだ低く、ようやく売れ出したアイドルには逃げられると言う煮え湯を飲まさたばかりだった。
一体何が悪いんだ。
対策を考えないといけない。
そんな焦りを抱えながら、彼は手元にある届いた子どもたちの履歴書に、くまなく目を通していた。
キッキーッ。
突然の急ブレーキに、シートにしこたま頭を打ち付ける。
「…何だ!一体?」
運転手はその腕前を買われて長年芹沢に使える者だため、今の衝撃は彼を驚かしていた。
だが、無理もない。
こんな天気なのだ。
芹沢こそ、どうやって運転手が外を見ていたかもわからない。
それぐらいの大雨だった。
バンッ…
そんな雨の中、社長の言葉に応えることなく、運転手は車道に飛び出す。
まさか…
芹沢がウインドウを下ろし前を見ると、目の前の車道に少年が横たわっていた。
彼の嫌な予感が的中していた。
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