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4.養成所(1)
直希は売れっ子だったが、事務所から給料をもらっている訳ではなかった。
その代わりというか、小遣いという名目で、ある程度自由にお金を貰っていた。
それで十分事足りていた。
『ハセくん。あとどうすればいいの…?』
いろんな角度から風景を撮影する。
機材は重いから後輩の岡村に持たせていた。
「今日はもういいから、これは置いておこう。」
養成所の一室に戻って機材をしまう。
『いいな…。』
「何が…?」
『だって、ここ、一人で使ってるんでしょ…?』
「まあな。」
『みんな三人くらいが普通だよ。二人とかでラッキーって。』
「なんだ。都内に家があるのに、こんな窮屈なところに入りたいのか…?」
『だって、そうしたら毎日ハセくんに会えるじゃん。』
可愛い年上の後輩の言葉に、直希は気分が良くなっていた。
岡村蒼太は既に高校生だったが、見た目は中学生にしか見えないくらい童顔だった。
事務所に入ったのが遅かったため、直希の後輩だった。
だが、その見た目から、到底、年上には見えない。
そいため、直希はついつい彼が年上だという事を忘れてしまう。
彼が直希にすり寄ってきたのは、そういった自分の複雑な立ち位置をより良くしたかったからだろう。
年のわりに下っ端という立場の彼だったが、直希のお気に入りという事もあって、まわりがぞんざいには扱わない。
「先輩もいるんだぞ。」
『げっ。』
「おい。」
『そっか、忘れてた。』
実家が遠いヤツや、何らかの事情で家にいられない研究生はここに住むことが出来る。
実際、岡村と同じ年の奴が多い。
ある程度売れてるヤツならこんな窮屈なところにはいたがらない。
みな、とっとと自分の住まいを見つけて出ていくのが常だった。
もっとも、売れていても未成年の場合は、実家が通いか、この養成所住まいのどちらかしか選べない。
そういったところは、芹沢の考え方はシビアだった。
「言葉に気をつけろよ。」
『えっ、いいじゃん。誰も聞いていないんだから。』
「そういう態度は簡単に表に出るんだよ。」
『めんどくさ…結構ハセくんって常識人だよね。』
岡村の子ども扱いした言葉に唖然としながら、笑いが漏れていた。
常識人…?
これほど自分とかけ離れた表現はなかった。
「礼儀が守れないなら帰っていいんだぞ。」
『やだよっ。』
岡村が直希に縋りつく。
『一緒に住んでみたいって思っただけだよ。』
そんな可愛い事を言う後輩を、直希は満足げに見下ろしていた。
「俺も…一緒に住むなら、お前がいいけどな。」
『ほんとっ。』
岡村の顔が一瞬で輝いた。
「気を使わなくていいからな…。」
『なにそれ…。』
不満そうな相手のすべらかな頬を撫でる。
当の岡村は、それだけで簡単に宥められていた。
「いや、やっぱ無理だな。」
『えっ、なんで…?』
「いいのか…?そんなことしたらやっかまれるのがオチだろ。」
『それは…そうかもしれないけど…。』
「ふふふっ…。」
直希はいたずらっぽく笑って見せると、岡村の肩を掴んで引っ張った。
そのままベッドに倒れこむ。
『あ…。』
ぺちゅー
岡村の開いた上唇を直希が軽く噛むと、従順な年上の後輩は一気に大人しくなっていた。
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