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 治郎が懇願する。 「妙子、た、助けてくれ……頼む……」  筋肉の衰えた両手の指先で土壁を掴むが、ぼろぼろと削れるだけだ。  太腿の激痛が下半身を(むしば)み、もはや立っていることさえ出来なかった。 「あなた、お手紙置いといたのよ」 「え?」 「探してみて。手紙があるはずだから」 「て、手紙読んだら助けてくれんのか?」 妙子は無言だ。  わかったと治郎は、懐中電灯で自分の周りを照らしてみる。右手で尻の下辺りをまさぐると、指先に硬いものが触れる。つかんで顔を近づける。 「ひっ!」 思わず放り投げる。 人骨だった。  治郎が穴に落ちた衝撃で砕いたのは、人の骨だ。 「な……なんだ、こ、こ……」 声を震わせながら、さらに周りを照らすと、頭蓋骨が転がっている。細く長い薄茶色の髪の毛が数本、絡まっている。古い骨なのか茶色に変色し、小さな(あな)が巣食っている。  生唾をごくりと呑み込む。  肋骨(あばらぼね)に、赤や緑の原色の布切れが(まと)わりついている。ガーゼのように向こうが透けてみえるほど薄くなった、色褪せた生地だ。  治郎はハッとして、震える手で布地に光を向ける。目を細め凝視する。色褪せてはいるが、派手な色使いの布地に思い当たる節があった。  妙子が珍しく「嫌い」と言っていた派手目の主婦だ。あの主婦の服じゃないのか。  治郎は恐々と顔を上げ、穴の上に目を遣る。 「まさか、おまえ……」 それには答えず、妙子は嗤いながら。 「わたしそろそろ、行くわ……」 「おっおい! 待て! 妙子! 待ってくれ!」  慌てふためく無様(ぶざま)な治郎の姿に、妙子は口に手を当て「ぷっ」と吹いた。  妙子は穴から顔を引っ込めると、(かたわら)の木製の蓋をよっこいしょと運び、穴に蓋をした。その上に几帳面に雑草を敷き詰めると、満足げにその場を後にした。  遠ざかる妙子の背に、穴の底からくぐもった声が助けてくれと叫んでいた。  治郎の懐中電灯の灯りがちらちらと点滅している。電池が切れてきたのだ。焦って掌で叩くと、勢いで手から転がり落ち、その灯りが、三つ折りの手紙を照らした。  治郎は手紙と懐中電灯を拾い、薄明りで照らしてみる。  三つ折りの表に、お父さんへと書いてある。 手紙を開くと、一行、直筆でこう書いてあった。  ざまあみろ — 終 —
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