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 治郎は五メートルほどの縦穴に落ちた。落ちた勢いで尻の下にある硬いものを粉砕した。 「ううっ……」  自分の身に何が起きたのか、理解が追いつかない。しばらくぼおっとしていたが、下半身の生暖かい物に気づき、左手で拭う。暗くてよく見えないので、顔を近づけて掌に目を凝らす。指先にまでべったりとついた赤い血に「ひっ!」と声を上げた。 腰に下げた鎌が裏腿の動脈を裂き、出血していたのだ。激痛が足を突き抜け、顔を歪める。  右足の辺りの懐中電灯を拾い上げ、周りに灯りを走らせる。周囲が二メートルほどの縦穴に落ちたことが、ようやく分かった。  カビ臭さと生臭さが混ざったような悪臭に、思わず右手で鼻と口を覆いながら、さっきの人影に助けて貰おうと我に返った。  考える間もなく、懐中電灯を穴の上に向け「おーい! おーい! 助けてくれー!」叫ぶ。  少しすると、懐中電灯の灯りが穴の上から射し、治郎を照らした。  穴の上の人影は、穴から顔を覗かせ、じいっと下を見ている。治郎も必死に目を凝らす。徐々に暗闇に目が慣れてくると、右腕を精一杯上に伸ばし、穴の上に懐中電灯を向けた。  光を反射しながら落ちてくる雨粒の先に目を凝らすと、見覚えのある顔が覗いていた。    妙子が(わら)っていた。
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