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 磯辺治郎(いそべじろう)は、魂がぬけたようにだらしなく、畳にへたり込んでいた。  鉢植えの風信子(ヒヤシンス)の赤い花弁を、西陽が鮮やかに照らしていたが、蛍光灯をつけ忘れた部屋は、すでに夜だ。  かれこれ三十分、畳に置いた六寸ほどの桐箱を、治郎は焦点の定まらぬ目でぼおっと見ていた。  少し前。帽子を目深にかぶりマスクで顔の半分を覆った葬儀屋は、手袋をした手で宅配便のように骨箱を手渡すと、そそくさとその場を去った。  ご愁傷様といったかに聞こえたが、マスクでくぐもった声は、治郎の古びた鼓膜には届かない。  最近の若い奴は挨拶がなっとらんと、いつもの癇癪(かんしゃく)の虫が顔を覗かせるも、手にした箱のあまりの軽さに愕然として、妻を失った喪失感が、癇癪を飲み込んだ。  妻の妙子(たえこ)は、およそ三週間前に新型コロナウイルスの陽性と診断され、入院した。それ以来直接会うことは叶わず、帰ってきた時は骨になっていた。  治郎は妙子が亡くなって初めて、もっと優しくしてやればよかったと、後悔した。
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