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 妻の妙子は、治郎と違い(ほが)らかで、良く笑った。お笑い番組が好きで、治郎が寝静まった後にこっそりお笑いを観るのが、密かな楽しみだった。  ある深夜、尿意で目を覚ました治郎は、居間から廊下に漏れる薄明かりに気づいた。  クスクスと妙子の忍び笑いも聴こえる。  こんな夜中になんだろうと、襖の隙間から目を凝らすと、妙子はお笑い番組に肩を震わせていた。  お笑い芸人が落とし穴に落ちるドッキリで、芸人が落ちた瞬間「ぷっ」と手を口に当て、妙子が吹いた。  治郎はなぜだか無性に腹が立った。理由は自分でもわからない。 「くだらん!」吐き捨て、癇癪を爆発させた。  大股で妙子の背後に迫るや、大きく振り上げた右手を躊躇なく振り下ろし、後頭部を張り飛ばした。 「ぎゃっ!」と横倒しになった妙子を(また)ぐや渾身の力でテレビを蹴り倒す。ぶちんと、テレビとデッキを繋ぐ配線が断線した。  怒りを爆発させ気が収まった治郎の足元で、妙子がすすり泣く。物悲しげな嗚咽に治郎は現実に引き戻され、惨状を見て後悔する。 結婚して五十年、この繰り返しだった。 「……すまん」とぼそり、細い背に声をかける。 畳に両手をつき項垂(うなだ)れていた妙子は、よろよろと立ち上がると、テレビ台の後ろにひっくり返ったテレビを持ち上げようとする。 「あ、俺が……」 妙子は治郎に丸い背を向けたまま「わたしがやるわよ……」 「いや……」  妙子がゆっくりと振り向く。笑っている。 どこか醒めた笑顔にぎょっとして、治郎は言葉を呑む。 「あなたは寝てて。テレビうるさかったのよね」ごめんなさいと、また背を向ける。 治郎はバツが悪そうにすまんと残し、居間を後にした。  治郎は寝床に入るも、酷いことをしてしまったと寝付けなかったが、十五分も経たないうちに(いびき)をかいていた。
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