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 妙子は感染症で亡くなったため、葬儀も行えなかった。  骨箱が届いてから一週間、治郎は朝から晩まで浴びるように、酒を煽った。  酒が切れ酒屋に買いにいくと、店主がぎょっとして息を呑んだ。頬が痩け、青白く憔悴した治郎がふらりと店に現れ、化け物に見えたのだ。  主人が恐る恐る「お客さん、大丈夫ですか……?」と声をかけるも、治郎は返事もせずに金を払い、店を後にした。家に帰るや一升瓶を開け、コップ酒を煽り続けた。  家のことは全て妙子がやっていた。醤油のありかさえ、治郎は知らなかった。妙子が居ないとまともな食事にもありつけず、一週間カップ麺や乾き物しか口にしていない。元々痩せぎすの治郎は、骨と皮になっていった。  手料理を褒めたことも無かった。不味いと思ったことはなく、むしろ口に合った。妙子が治郎に合わせて味付けしていたからだ。だが、そこに思い至る治郎ではなく、有り難いとも思わなかった。  失って初めて、妻の有り難みを実感した。五十年の間、癇癪を起こすと平気で殴り、足蹴にしてきた。皮肉なことに、好きなだけ癇癪をぶつける相手が居なくなり、初めて、妻の存在の大きさを実感したのだ。  今までの酷い仕打ちを詫びたいと思ったが、もう妙子はいない。  心の底に空いた穴を満たすように、治郎は酒を呑み続けた。このまま死んでしまった方が楽だと思った。  自暴自棄の生活を続けていたある晩、玄関先でパサリと音がした。  行ってみると、ドアの前に三つ折りの手紙が落ちている。居間に戻り老眼鏡越しに目を凝らすと、ワープロの文字でこう書いてあった。 『奥様のことで大事なお話があります。明日の晩、夜十時に地図の場所でお待ちしています。』  差出人名は無い。  手紙の下半分には、パソコンで作成したであろう地図。地図上の矢印は、町から二十分ほどの町外れにある裏山に立っている。  差出人が誰なのか、心当たりがない。なにしろ人付き合いがほとんど無い。  考えているうちに、だんだん怒りが湧いてきた。悪戯(いたずら)にしちゃあタチが悪い。 死んだ人間を出汁(ダシ)にして俺をからかってんのか。  治郎は庭の物置に行くと、草刈り用の鎌と懐中電灯を引っ張り出した。  不謹慎にもほどがある。どんな奴か(ツラ)拝んだら、こっ(ぴど)く凝らしめてやる。  沸々とした怒りを冷や酒で冷ますように、治郎は()わった目で酒を煽り続けた。
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