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 翌日は朝から灰色の空が、陽の光を遮っていた。  治郎は朝から飲み始め、時々玄関の覗き穴から、表通りを監視した。悪戯した野朗がノコノコ来やがったら、この鎌で叩っ斬ってやる。俺と妙子を馬鹿にしやがって。呑むほどに気が大きくなり、怒りも増幅する。  夕方になると雨がポツポツと降り始め、夜の九時半過ぎには、ざあざあと地面を黒く染めだした。もともと人口の少ない町は、雨もあって、通りを歩く人影はほとんどない。  十年以上前、地方再生の機運が盛り上がった頃、再開発の計画が浮上するも頓挫した、過疎の町だ。  右手に傘を持ち、左手の懐中電灯で夜道を照らしながら、治郎は千鳥足で裏山を登っていった。鎌は腰のベルトに刺してある。  ゴム長とはいえ足元が滑る山道を、七十八歳の衰えた脚で登るのは難儀した。呑みすぎたことをすこし後悔する。  それでも三十分ほどで山頂に着いた。背を丸め両膝に手をつき、しばらく息を整えた。  山頂は平らで、遠くの街明かりが霞んで見えるが、周囲はぐるりと樹木に覆われている。人の気配は無く、ぎゃあぎゃあと鳥の声が薄気味悪い。  漆黒の闇に引き(ずり)込まれそうで、治郎はぶるっと身震いした。  尻のポケットから地図を引っ張りだし、懐中電灯で照らす。矢印までは三十歩ほどだ。  治郎は二メートルほど先の草むらを灯りで照らしながら、そろそろと足を進めた。  二十歩ほど歩いたとき、正面の黒い影に気づき、はっと足を止める。人が一人立っている。暗闇にぼんやりと浮かぶ黒い輪郭は、治郎よりも小柄に見える。  思い切って声をかける。 「お、おい、誰だ! 誰かいんのか?」  黒い影は答えない。  治郎は右手に傘と懐中電灯を持ち、左手を腰に回すと、汗ばんだ掌で鎌の柄を握りしめる。  すると、正面の影がゆるりと動き、懐中電灯の光を治郎に向けた。「うっ」と一瞬目が眩む。  そして黒い影は懐中電灯の光で、下から自分の顔を照らした。  暗闇にぼおっと顔だけが浮かぶ。治郎はもっと良く見ようと、吸い寄せられるように右足を踏み出す。  次の瞬間、治郎の右足は細い木の枝を何本か踏み抜き、体重を支える地面を無くした身体は、五メートル下まで一気に落下した。
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