剣の学園

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 銅鑼(どら)の音が鳴り響いた。  俺はアリーナの剣闘士待機室にて、精神を集中していた。  今しがた、アリーナの闘技場で行われていた本日の第九試合が決着した。薄い土壁をすり抜けて届いてきていた、戦闘の喧騒や観客の声援、怒号が、揃って拍手喝采に変わる。再び銅鑼の音が轟き、試合が終幕する。 「ナツメ候補生、準備をお願いします」 「はい」  大きく息を吸って鋭く吐き、俺は立ち上がった。呼びに来た学園の役員に礼を言って、彼を追い越す。  あっという間に今日を迎えてしまった。俺とユーシスの対決は、第十戦。本日の最終戦だ。授業を終えた生徒はもちろん、教官、仕事帰りの街の人々まで、大勢が見物に詰めかける。  日程は任せると言ってしまったのが運の尽きであった。ユーシスのやつは、よほど大衆の眼前で俺を叩きのめしたいらしい。  待機室と闘技場を結ぶ、長い一直線の通路を、貸し出し用の木剣を片手にゆっくり歩く。通路の終わりに溢れる茜色の光が、喧騒とともに、少しずつ強まっていく。  やがて、喧騒が割れんばかりの歓声になった頃、俺は通路を歩き切った。飽和した光が収まると、そこはもう別世界。巨大野球場のような円形のスタジアム。闘牛士が猛牛と戦うような殺風景な砂地が、紅穹の赤光(しゃっこう)を浴びて妖しくきらめく。  高い位置にある客席に、大勢の見物人が詰めかけていた。ぐるりと俺を取り囲む人々が、俺の登場に気づくや否や諸手を叩いてはやし立てた。候補生同士の訓練だというのに、まるで娯楽扱いである。 「あれが例の《飛び級》小僧か!」 「《剣術基礎》を一日でクリアってのは、異例の話だな。まして新客なんだって?」  誰が吹聴したのか、俺の噂話まで聞こえてきた。居心地悪いことこの上ない。 「シオーーーーーン!」  頭上から降り注いだ声に顔を上げると、俺が出てきた入場口の真上の柵に張り付いて、身を乗り出し手を振る金髪の少年を見つけた。ハルだ。既に半泣きである。 「怪我しないでねぇーーー! 危なかったらすぐに降参するんだぞーーー!」 「わかってるよー!」  大声を張り上げ、手を振り返した。もっとも、降参する気はさらさらない。  その時、俺の時とは比べ物にならないほどの、爆音の歓声が巻き起こった。向かいのゲートから、真紅の外套を風になびかせ、気障な所作で一人の少年が入場してくる。燃えるような炎髪を、いつも以上に気合の入ったセットで整えている。 「ユーシスだ! ユーシス・レッドバーン!」 「レッドバーン家の一人息子か……あそこは代々、優秀なウォーカーを輩出している名家だよな」 「中でもユーシスの才能は随一だとか」 「それで今日は《白薔薇》のウォーカーまで観に来てるのか!」  客席は大変な盛り上がりである。ユーシスは観客に向かって片手を掲げ、外交的な笑みを浮かべている。緊張や気負いなど、かけらも感じさせない佇まいだ。  ふと、俺と目が合うと、ユーシスは水をかけたように笑みを消した。俺たちはお互いに歩み寄り、砂地のバトルフィールドの中心でかち合った。  品定めするように俺をじろじろと物色していたユーシスが、不意ににっこり笑って片手を差し出してきた。
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