茜色の異世界

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「それなら、やっぱりカンナが教えてくれた方がいいじゃないか」 「もちろん私が教えられることなら教えるけど……これでも最近ちょっと忙しいんだ。ありがたいことだけど。私、本当は学校行きたかったの。だから、よかったらシオン君に、学校の話聞かせてもらいたいなー、なんて」  本当はつきっきりでカンナに手ほどきしてもらいたかったが、そうもいかないようだ。まぁ、カンナと会う口実が増えるのなら、行ってみるのもやぶさかではない。 「分かった。土産話をたくさん仕入れてくるよ。まずは英語を勉強しないとな……」 「シオン君ぐらい基礎ができてたら、ここで生活してるだけでそのうち嫌でも覚えるよ。マーズさん、受付嬢だけど昼間は割と暇してるから、分からないことあったら彼女に習うといいかも」 「あの人、現地人(ナチュラル)なのに日本語も堪能だもんな……」 「噂だと10ヶ国語はマスターしてるって」 「なにもんだよ……」  時間を忘れて談笑し、気づけば午後九時を回っていた。この世界の時計は意外にも近代的で、尺度も地球と同じなので分かりやすい。夜が訪れる瞬間を午後六時に設定しているようだった。太陽がないことを考えると、世界の端と端で時差もなさそうである。  遅くなってもいけないからと、どちらからともなく、俺は相当の名残惜しさを感じながらお開きにした。会計は全てカンナが負担してくれた。お代は銀貨八枚だったが、どうにも相場が分からない。 「銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚だよ、簡単でしょ」 「銅貨一枚って、日本だと何が買える?」 「うーん、ジュース一本とか?」  銅貨一枚の価値は日本円にしてだいたい100円ちょっと、ということになる。ということは、今日のカンナの支払いは8,000円以上。俺にとってはとほうもない金額だ。なんと太っ腹であろう。 「こう見えても私、お金持ってますから」  店を出て並んで歩く。カンナはどうやら新客居住区を久し振りに見て帰りたいらしく、俺を送ると申し出た。 「ウォーカーって儲かるのか?」 「公務員ってこともあるけど、基本給だけだとかなり厳しいよ。ただ、プラス歩合制(ぶあいせい)だから、活躍や名声を上げていけばまぁ、それなりにですよ」  悪戯っぽい笑みを俺の顔に近づけるカンナにドキッとする。新しい顔を見せてくれるたびに、気持ちが浮つく。  煌びやかな夜の街を縫い、王族の住居兼白薔薇のギルドハウスである純白の居城の方角へ、来た道を戻るようにして歩く。道中、明らかに"そういうお店"とおぼしきピンク色の看板が立ち並ぶ妖しげな通りに迷い込んだときは、気まずい空気が流れて仕方なかった。 「よ、夜に出歩くの久し振りだからなぁ〜。ごめんねシオン君、なるべく避けてきたんだけど、こういう店、中心街にはちょっと引くぐらいあるの」 「いやっ、賑やかでいいと思う、うん。俺たちにはちょっと早いけど……いや、変な意味じゃなくて!」 「う、うん、そうだね!」 「おっ、そこのカップル、二時間休憩していきませんか? 淫魔蝶(サキュバタフリ)の鱗粉サービスしとくよ」 「「結構です!」」  どうにかピンク通りの包囲網を抜けた頃にはお互いぐったり疲れ果てていた。たどり着いた城の西側に、先ほどまでとは対照的に薄暗い路地が伸びている。くぐるだけの木製の門には、「Newbie Town」--新客の町、と彫られた看板が打ち付けられていた。 「英語じゃ新客はニュービエって呼ばれるのか。覚えとこう」 「うん、ニュービーね」 「……」  門をくぐると、賑やかな街の喧騒が一気に遠ざかったような気がした。舗装の荒い小道の先には、作りの甘い掘っ建て小屋が猥雑に立ち並ぶ居住区が広がっている。人の気配はするが、エネルギーを全く感じない。寒気を覚えて思わず自分の肩を抱いた。 「懐かしいなぁ、こんなだったなぁ」 「なんか……不気味だな」 「気をつけたほうがいいよ。君ほど切り替えが上手くいってる人ばかりじゃないから。ご近所さんに挨拶回りを考えるなら、数日は待ったほうがいいかな」  カンナは俺が今日から住むことになる家の前まで送ってくれた。マーズからもらったメモを頼りに、居住区の中ほどにある、ひしゃげた長屋を見つけ出した。強風が吹けば飛びそうな藁葺きの建物に、若干、いや、かなりの抵抗を覚える。 「住めば都だよ」 「だといいな」  辟易(へきえき)を隠して頷き、俺はカンナと向かい合った。 「色々、ありがとう。こんな遠いところに来ちゃって……それでも前を向けてるのは、カンナのおかげなんだ。本当にありがとう」 「こちらこそ。君を助けることができてよかった。六年前のことを思い出して、ちょっとは一人前になれたのかなって、思えたから。そのあとは逆に助けられちゃったから、全然まだまだだけどね」  それじゃあ、と、終わってみればあっさり、俺たちは別れた。帰り際、カンナは一度だけ振り返って、背中を見送り続けていた俺に手を振ってくれた。  カンナの姿が見えなくなってから、俺は意を決して、オンボロ長屋の暗い玄関に足を踏み入れた。
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