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教室に入った瞬間、その多国籍ぶりに驚かされた。
肌も髪も瞳も、さまざまな色の少年少女が、おもいおもいの場所で固まって談笑している。教室の内装は俺の知る学校と雰囲気が近く、木の机が等間隔に並べられた、こじんまりとした空間。それもあって、まるでインターナショナルスクールに迷い込んだような感覚に陥った。
だが、俺は、どういうわけか安心感を抱いた。さらに言えば、懐かしさに近い感慨さえ覚えた。
ここにいる、俺と近い年齢の十五人ほどの子どもたちは、全て地球人だ。国籍や人種が違っても、俺はよっぽど、彼らの姿に親近感を覚えたのだった。
「シオンの席はここだよ。僕の隣」
最後列窓際の席を示して微笑んだハルは、端的に言っていいやつだった。始業のベルと担任教官を待つ間、席について色んな話をしてくれた。
ハルは、俺と同い年の14歳。イギリス人だそうだ。アカネに来たのは去年。この学校には、つい二ヶ月前に入ったばかりだという。
「シオンはいつアカネに? 英語上手だね」
「そうか? 語学の堪能な知り合いにみっちりしごいてもらって、なんとか日常会話ぐらいはって感じだよ。アカネに来たのは……もう二週間くらい前になるのか。同い年だけど、ハルは一個先輩だな」
何の気なしに言った言葉に、ハルは仰け反って驚いた。
「今年の新客だったの!? 全っ然見えなかった! それでもうココに入学って……うわぁ、君って行動力の塊だ……」
「お、大げさなやつだな……モンスターに食われそうになったとこを、助けてくれた人がいるんだよ。その人に憧れて、ウォーカーを目指すことにしたんだ。これだけ早く立ち直れたのもその人のおかげで」
青い瞳を輝かせて尊敬の眼差しを送ってくるハルに苦笑しながら、命の恩人の可憐な笑顔を、つい思い浮かべた。
カンナとは、あの日以降結局一度も会えていない。
彼女が忙しいというのもあるし、俺はそもそも、カンナの家も、行動圏も、何も教えてもらっていない。携帯電話のないアカネでは、会いたい人と思いつきで会うのもかなり難しいのだ。
次に会えるのは、いつになるのだろうか。
「すごいなぁ……僕なんて、ずっとニュービータウンに引きこもりっぱなしで、一ヶ月はご飯も喉を通らなかったよ。食べ物も、文化も、全てが慣れ親しんだものと違って、受け入れられなくて……死ななかったのは、ただ、死ぬ勇気がなかったってだけで」
ハルは自嘲気味に笑った。
「この学校も、何かが変わればいいなって、とりあえず入った感じだし。ウォーカーになろうなんて、考えたこともなかったよ。だからシオンはすごいと思う」
「いや、俺は……育った環境がちょっと特殊だから、色々ズレてるのかもなぁ」
棗家の流派は殺人剣。伝わる剣技の数々は、全て、いかに効率よく人を殺すかを突き詰めたものだ。もっとも、実際に棗の剣を血で汚す予定など全くなく、ただ脈々と受け継がれてきた技を途絶えさせないためだけに、俺はその殺人剣を父から叩き込まれたのだった。
実際その教育は生半可なものではなく、血反吐を吐くような思いで泣きながら剣を振るっていた、苦い幼少期の記憶がある。
幸か不幸か、俺に崇高な武士道精神などなかったために、知恵がついてくる年頃になってからはいかにキツい稽古を楽にこなすかにばかり頭を回すようになった。おかげでこの歳まで五体満足でいられている。
そんな俺ですら、普通の中学二年生と比べたとき、取り返しのつかないズレが生じているのは実感がある。
一つ例を挙げるなら--なんだかんだ言って、俺は命のやり取りが、嫌いではないということだ。
「僕、シオンのこと応援するよ! 本気でウォーカー目指してるの、ウチのクラスじゃマリアぐらいだったから、仲間ができてきっと喜ぶよ」
「マリア?」
「最前列のど真ん中、ほら、教卓の目の前に座ってる小さな女の子」
言われてその方向を見れば、確かにその席には、非常に小さなシルエットがちょこんと腰かけていた。緩いウェーブのかかった栗色の髪の毛を揺らす、青い瞳の少女だった。この角度からはノートに目を落とす横顔が微かに見える程度だが、美少女らしき雰囲気は十分感じ取れる。だが、あれはどう見ても……
「小学生?」
「バカっ! それ、絶対本人に言うなよ!? 殺されても知らないからな……あの子も僕らと同じ14歳だよ」
俄かには信じがたいことだったが、ハルの剣幕があまりに凄まじいので俺はこくこく頷くしかなかった。よく見れば、このクラスに女の子は彼女一人だけだ。
妹に剣で負かされ続けてきた俺に言わせれば、戦いの世界に男だ女だを持ち込むのはナンセンスだが、冒険者を養成する学校だけあり、男女比は著しく偏っているらしい。
「そんなに強いのか? あの子」
「強いなんてもんじゃない。マリア・シンクレアといえばこの学校の首席だよ。大人のクラスもフレイムも入れて、一番なんだ。十年に一人の逸材だってもっぱらの噂だよ」
本気でウォーカーを目指している、このクラスで唯一の同士。ハルの話を聞けば聞くほど、彼女への興味が膨らんでいた。
「後で話しかけてみるかな」
「うーん、マリアが誰かと話してるの、見たことないかも。僕も会話したことはないんだ。でもシオンなら、もしかしたら仲良くなれるかもね。くれぐれも体格に触れちゃダメだよ」
「分かってるよ」
気がつけば俺とハルは、随分打ち解けていた。ここまで誰かと会話が続いた経験など皆無だった。慣れない英語を使うことで、逆に言葉がスムーズに出てくるのかもしれないし、ハルは大変喋りやすい相手だった。
そんなハルに、ふと、教室で固まって騒いでいた四人組の少年たちが近づいてきて、一人がハルの肩を馴れ馴れしく抱いた。俺はハルを奪われたみたいで、途端に面白くない気分になった。思えば、二ヶ月も先に入学しているハルに、他に友達のいないはずがない。
ハルとはたまたま仲良くなったが、ハルの友達とも同様に仲良くできる保証はない。俺は体を正面に戻して、不干渉の姿勢を示した。
「ハールちゃん、おはよ」
「いつものやつ、早く早く」
ニコニコ笑顔の少年たちに囲まれ、実に仲むつまじいことである。ところがどういうわけか、ハルの笑顔がぎこちない。
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