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「……い、いつものやつって?」
気のせいだろうか。ごくごく僅かに、少年たちの笑みが剥げかけた。
「おいおい! 天才ハルちゃんが物忘れなんて珍しーこともあるんだな!」
「今日は徴収の日だろ? まさか持ってきてないなんてことは……」
ハルの右手が反射的にズボンのポケットに伸びたのを、俺は見逃さなかった。
「あ、あぁ、そうだったね!」
「まったく、ハルちゃん頼むぜ!」
笑う五人。一見、仲良し同士の他愛ないやりとりだ。だが鈍い俺でも、ハルの様子がおかしいことだけはよく分かった。ハルが笑いながら、震えていたからだ。
ハルは一瞬だけ俺の方を見た。それで目が合って、ハルは慌ててそらした。ハルはヘラヘラ笑いながら、少年たちに蚊の鳴くような声でこう言った。
「ま、また後きてくれないかな。今はちょっと……」
「--なんだお前。新入りの前だからかっこつけてんの?」
鋭利な刃物のように。笑顔を完全に消したリーダー格の少年が、低い声でそれだけ吐き捨てた。ハルのなけなしの勇気は、それで呆気なく吹き消された。
「だっせ。クラスの誰にも頭上がらないからって、新入りに先輩ヅラとか寒いわー」
「新入りクンもさ、友達選んだ方がいいぜ? そいつマジでヘタレだから。君までナメられるよー」
ぐっと唇を噛んでうつむくハルは、これだけ侮辱されても何も言わない。リーダー格の少年が、ハルの震える肩に手を置いて耳元で囁いた。
「さっさと出せ。それとも、また痛い目みたいのかよ」
まぎれもない殺気を込めた脅迫に、ハルが目に見えて怯む。握りしめていたポケットの中から巾着袋を取り出し、机の上に広げた。金属のぶつかる軽い音が響く。そこにはいくらかの小銭が入っていた。金銀銅の、それぞれ10円玉サイズの硬貨だ。
ここまで見て、さすがに俺も、ハルがクラスメートに白昼堂々カツアゲされている事実を察した。
俺たち新客は毎月、国から金貨2枚、銀貨10枚を支給される。この、日本円に換算して約3万円という金額で、俺たちは一ヶ月を乗り切らなければならない。
住居も衣類も別で支給されているため、食費を節制して生活すれば決して無理のある額ではないが、当然贅沢とは無縁。安い肉さえ滅多に食えない、まさに最低限度の生活というやつだ。
「おい、何やってんだ? それ大事な生活費だろ」
見兼ねて口を出した俺に、教室の空気が凍りついた。気づけばクラス中の人間が俺たちの方に注目している。
「えーっと、新入りクン。いーんだよこいつは好きでやってるんだから」
「お前じゃなくて、ハルに聞いてる」
割って入ってきた少年には目も向けず、ただハルを見つめる。少年たちは俺に対して笑みを消し、どうやら精一杯らしい威圧的な表情を作った。ハルはうつむいたまま、何も言わない。
「なんだ新入り、お前、俺たちに逆らう気? 分かってねえようだから、親切に教えてやるよ」
俺の机が激しい音を立てたことで、一気に教室が騒がしくなった。リーダー格の少年がいきなり俺の胸ぐらを掴んで引き上げたのだ。細身とは言え人間一人を片手で引き上げるなんて、なかなかの腕力をしている。
「アカネ四年目の先輩が教えてやる。この世界にゃ地球での常識なんて通じねえ。強い奴が、弱い奴から奪うんだ。文句があるなら強くなるしかねえんだよ。分かったら、二度と調子に乗んな」
顔を近づけて凄む少年の言葉は、俺にとってむしろ、願ってもないことだった。
「いいねぇそれ」
次の瞬間、俺の胸ぐらを掴んでいた少年は、俺に蹴飛ばされてサッカーボールのようにすっ飛んでいった。教室の壁に激突して止まった少年は、泡を噴いて動かなくなった。
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