茜色の異世界

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 文字通り、教室が震撼(しんかん)した。俺は胸元を手ではたきながらハルに言った。 「ハル、嫌なときは嫌って言え。じゃなきゃ損してばっかりだ。それでもダメなら」  一瞬呆けた手近の二人が、奇声を上げて殴りかかってくる。それらをくぐり抜け、二人の頭を右手と左手でそれぞれ無遠慮に掴むと、そのまま胸の前でぶつけ合わせた。ゴチンといい音がして、二人がその場に崩れ落ちる。 「ひぃぃっ!」  あろうことか背を向けて逃げようとした残り一人の背中を容赦なく追いかけて、飛び蹴り。蹴った俺の方が驚くほど景気よく吹き飛んだ少年が、白目を剥いて気絶しているリーダーの上に覆いかぶさる。 「戦え。こんな風に。俺はそうやって生きてきた」  ハルは信じられないものを見るような目で、俺と、倒れたいじめグループを見つめていた。  その時、古ぼけた鐘の音が鳴った。始業のチャイムだろうか。ほとんど同時に教室の扉が開き、ひとりの男がのそりと入ってきた。  ぼさぼさの総髪と、180cmを優に超える大柄な体、そして、肩に担いだ、その身の丈に迫ろうかという巨大なロングソード。それらのどれよりも、彼の顔から目が離せなかった。  まだ若い、雄々しく精悍な顔に、一対の、惨たらしい巨大な爪痕(そうこん)が、両目をそれぞれ縦断して刻み込まれているのだ。その傷が封をしているみたいに、男のまぶたは完全に閉じきって、ピクリとも動かない。  目が、見えないのか。それにしては、男はスイスイと、迷うことなく教卓にたどり着いた。 「よし、出欠とるぞー。……ん? どうした、なんの騒ぎだ? 知っているやつ、説明ー」  クラスの連中が一斉に俺を見る。俺が説明しなければならない空気である。観念して口を開こうとしたとき、別の人物に先を越された。  最前列に座る小さな少女の、生っ(ちろ)い細い手が挙がったのだ。 「お、マリア、言ってみろ」 「騒ぎも何も、男子たちがふざけて取っ組みあって、転んだだけですよ。それより早く朝会しましょう」  ごくごく冷静なマリアの声音は、真実を語っているようにしか聞こえなかった。両目に傷のある男はそれで果たして納得したのか、含み笑いで頷くと、「よーし席つけー」と言ってそれ以上は詮索してこなかった。 「お、そういや今日は新入りが来るんだったな。お前か」  教室の後方に転がっている少年たちを平手打ちで雑に起こしていた教官が、俺の方に顔を向けて無邪気に笑った。塞がっているはずの目に射抜かれて、反射的に背筋が伸びる。 「俺はロイド。お前らの担任の先生ってやつだ。これからよろしくな」
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