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「ほう!」
露骨に目を輝かせた俺に、ハルがちょっと引いた顔になる。
「それを早く言ってくれたまえよ、ハル君」
「君はホントに変な人だな……剣なんて、おっかないじゃないか」
苦笑しながら、マグカップのコーヒーに口をつけたハルが、次の瞬間、ガタン、という音とともにバランスを崩した。大きく揺れたカップからコーヒーがこぼれ、ハルのシャツを茶色く染める。
「あぁ、ごめんごめん」
薄っぺらい謝罪を口にしたのは、食器の乗ったトレーを片手に、ハルの背後を通りがかった少年だ。ポマードでなでつけた髪が、燃え立つように赤い。
ナチュラル。見覚えのある顔だった。今朝、俺が間違えて入った、フレイムの教室にいたはずだ。同じ赤毛の少年を二人、友人と言うよりは手下のように連れていた。
「服が汚れてしまったね。支給品の安物とはいえ、君の懐事情では痛恨事だろう。弁償しようか?」
侮蔑的な笑みを口元に貼り付けて言う少年に、取り巻きが粘着質な笑い声を漏らす。ハルは後ろを振り返ることもなく、ただ揺れる瞳で、テーブルを見つめていた。
「……結構です」
「あっそう」
つまらなそうに笑みを消し、少年は深紅の外套を翻した。まったく、よく絡まれる男だ。なぜだか無性に腹が立って、立ち去ろうとする三人組に、思わず声を荒げた。
「待てよ」
「……なにかな?」
振り返った少年に向かって剣呑な眼差しを向け、立ち上がる。ハルが小さく、強い口調で俺を諭したが、「大丈夫だ、もう手は出さないから」と言って振り切り、少年の元に大股で近づいていった。
「ハルの椅子、わざと蹴ったろ」
「そんなまさか。なにを証拠に」
「なんだ、じゃあ足元の危険も察知できないんだな。壁外に出て転ばないか心配だ」
鼻で笑った俺に、少年の灰色がかった瞳がギラリと光った。
「いい度胸だ……"アンナチュラル"風情が」
「アンナチュラル?」
「お前らみたいな"外人"のことだよ。税金で生活する気分はどうだ?」
騒ぎに気づいた周囲の人間がざわつき出し、誰かが教官を呼びに行ったらしい。
「まずいよ、ユーシス君。喧嘩は大減点だ」
取り巻きの一人がそう言うと、少年、ユーシスは舌打ちして俺から背を向けた。
「お前、名前は?」
去り際、一度だけこちらを振り返り、ユーシスはそう問うてきた。
「シオン・ナツメ」
「間抜けな名前だな。覚えていろ、ナツメ。俺を侮辱したこと後悔させてやる」
顔を背ける前の一瞬、尋常ならざる憎悪の表情で俺を凝視したユーシスは、芝居がかった仕草で外套をなびかせ、取り巻きとともに遠ざかっていった。
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