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「よぉーし、じゃあこれから《剣術基礎》の授業を始める! 気をつけー、礼!」
ロイド教官の威勢のいい号令で、四時間目の授業が始まった。場所は学園のグラウンド。
「この授業、ロイド教官が担当なんだな」
「うん。彼の専門は戦闘だから。二年前までバリバリ現役のウォーカーだったらしいし」
そう言うハルのシャツは、コーヒーのシミがくっきりついてしまっていた。
「アイツらはいないのか。ほら、さっきのムカつく赤髪の。ユーシスって言ったっけ」
「……気持ちは嬉しかったけど、悪いこと言わないから歯向かわないほうがいいよ。フレイムは僕らのこと、宇宙人か何かだと思ってるんだ。対等な会話なんて無理だし、ユーシスはフレイムの首席だよ。相手が悪すぎる」
「まぁ、腕の立ちそうな雰囲気はあったけどな。首席と言えば、マリアもいないな」
「ユーシスもマリアも、《剣術基礎》はとっくに単位をもらってるよ。座学と違って、こういう技能系の授業は、合格ラインに実力が達して初めて単位が出るんだ」
それは耳寄りな情報だった。剣術の基礎なんて今更ちんたら習っていられない。俺は一刻も早く卒業してウォーカーになりたいのだ。
「どれくらいで合格もらえるんだ?」
「うーん、確かマリアでも二ヶ月かかったって話だよ。それがウィードの最短記録だったと思う。フレイムのユーシスはたった一週間で合格したらしい」
「おぉ、やるな」
「彼の家は代々続く武家の名門だからね。小さい頃から一流の英才教育を受けてきてる。剣術も相当仕込まれてきたんだろう」
「剣か。実は俺も、習ってたっちゃあ習ってたんだぜ」
ハルは苦笑して肩をすくめた。
「君が強いのは分かってるよ。けど、平和な地球での習い事と、バケモノがうじゃうじゃいるこんな世界で育った人の剣術は、やっぱり質が違うんじゃないかな」
俺は少しムッとしたが、言い返しはしなかった。
《剣術基礎》の授業は、個人訓練に近かった。準備運動の後は生徒が三々五々に散っていき、藁を巻いた木の人形に向かって木剣を振ったり、向かい合って剣術の"型"を実践したり、めいめいが違うことをし始めた。
「教官が良しと言うまで、次のメニューに進めないんだ。僕はかれこれ二ヶ月も素振りしてるよ」
弱り切った表情で貸し出し品の木剣を構えたハルは、俺の前で素振りを実演してみせた。腕と上半身と下半身が、見事に連動していない。情けない剣の上下運動を目の当たりにして、これはもう数ヶ月はステップアップできないだろうなと思った。
「よぉ、新入り」
背後からの声に振り返ると、木剣を片手に持ったロイドが歩み寄ってきたところだった。
「こんにちは、ロイド教官。……あの、その目、見えていないんですか?」
「ストレートな質問だな。見えてないが、どうした?」
「いえ、とてもそうは見えないから……。どうやって俺を見分けているんですか?」
ロイドは眉を釣り上げてから、キョトンとした顔で言った。
「勘」
この人は何を言っているんだ。
「うはは、冗談だよ冗談、半分はな。盲目生活も長いと、声や気配でなんとなくわかるもんだ。……それよか、ハルク、なんだそのへなちょこ斬りは」
「す、すみません、一生懸命振ってるんですが! 具体的に、どこを直せばいいでしょうか!?」
「んー、全部」
手に持っていた木剣を雑に握り直し、ロイドはそれを大上段に構えた。一般的な刃渡りのはずだが、ロイドが持つとやけに木剣が短く見える。
爪痕の迸る顔を精悍に引き締め、一閃。
「フンッ!」
稲妻のごとく振り下ろされた木剣が、暴風を巻き起こした。砂塵が吹き上げ、木の葉が舞い、遠くの木々までざわめき、野鳥が一斉に飛び立つ。グラウンドにいた生徒全員が訓練の手を止めて、何事かとこちらを振り返った。
「こんな感じだ」
「全く分かりません!」
「はぁ? だからこう、ぐぁぁぁぁっと構えて」
「ぐ、ぐぁぁぁぁ……」
「違う違う、もっと、ぬらぁぁぁぁぁぁっ、だ!」
「ぬ、ぬらぁぁぁぁぁぁ……?」
「全然違う、もっともっと、ぴぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ、だ!」
「ぴ--ぴぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「まったくダメ、才能ないわお前」
むごすぎる。
燃え尽き、木剣を取り落としそうなハルを見かねて、俺は彼の背に手を添え背筋を伸ばさせた。
「まずは中段に構えろ。……力入れすぎだ、もっと包み込むように、柔らかく握れ」
ハルは困惑した顔になりながらも、言われた通りにしてみせた。ロイドが表情を変えて、俺たちの行方を見守る。
「うん、悪くない。ゆっくり振りかぶれ。違う、動かすのは左手、右手は舵を切る役割だと思えばいい。肩の力をもっと抜け。だから脇が甘くなる。ほら、また腕に力が入ってるぞ」
きちんと言語化してやれば、ハルの飲み込みはむしろ早かった。一つ一つ問題を修正し、そこそこ構えがサマになってくる。
「力を創り出すのは下半身。腕だけで振るな、無駄に疲れるだけだ。よし、いいぞ。体重を乗せて、あとは、雑巾を絞るようなイメージで、内側に柄を引き絞るように--打て」
フォン、と小気味良い音を立て、木剣が空を切って静止した。ハル自身が一番驚いた顔で、俺と剣を交互に見つめる。
なかなか筋のいいやつだ。これは化けるかもしれないぞ。満足して小鼻を膨らませていると、ロイドが俺に木剣を放り投げてきた。
「シオン、だったよな。振ってみろ」
「え?」
「いいから」
やや戸惑いながらも、俺は言われた通り木剣を青眼に構えた。目を閉じて、精神を集中させる。音、匂い、人の気配、全てが遠ざかる。
この世界に来てから二週間。時間を持て余していたからというのもあるが、毎日、朝から晩まで木の棒を振り続けてきた。前の世界で積み上げてきたものに、アカネでの二週間が乗っかった、今の俺の剣。
不思議と。数日前から、剣が羽根のように軽い。
「--ふっ!」
渾身の一太刀が目前の虚空を打ち抜き、快音が炸裂した。巻き起こった強風にハルとロイドの髪がなびき、砂煙が舞う。グラウンド中の生徒が、またしてもこちらを振り返った。
「うん」
ロイドは頷き、分厚い手を俺の肩に乗せた。
「お前、帰っていいよ。明日からもうこの授業来なくていいから」
「……は?」
なんで?
「《剣術基礎》のレベルは元から超えてたみたいだな。合格おめでとー、単位あげる。これで履修できる授業や、利用できる施設が増えるぞ。あ、あと」
呆然とする俺に、ロイドは人懐っこい笑みを浮かべた。
「久しぶりに良い"音"を聞かせてくれた礼だ。ナツメ候補生にボーナス500ポイント」
何も言えない俺に変わって、ハルがぱあっと表情を弾けさせ、俺に向かって飛びついてきた。
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