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道中、少しなら質問にも答えられる--彼女は確かにそう言ったはずだったが、俺は用意していた質問を結局一つも口にできずじまいだった。
「わぁっ、シオン君ほんとに足速いね! もっと上がる?」
「ちょ……っ、はぁっ、マジで待って……!」
ギルドとかいう場所を目指して疾走している俺たちだったが、カンナの足が、異常に速い。同じ年頃で自分より運動のできる人間にはついぞ出会ったことのなかった俺が、まったく勝負にならない。
俺の出せうるほぼ全力のスピードを、かれこれ3分間以上もキープし続けている上に頻繁にこちらを向いて話しかけてくるのに、カンナは全く呼吸が乱れない。一方の俺はもう気力だけで走っている。
こんな状態で質問なんてできるはずがない。とっくに根を上げて倒れ込んでしまう段階に来ている俺が、それでもなんとかカンナの背に食らいついていられる理由は、ただ、こんなところに一人ぼっちにされてたまるかという一心だ。
「ほいっ、到着!」
更に10分近く走っただろうか。長い森を抜けたところで、ようやくカンナが足を止めた。少しばかり離されていた俺は、それを見てとうとう気持ちの糸が切れ、半ば倒れかけながら減速し、周辺の木を支えにしつつよろよろと彼女の背に追いついた。
「し……死ぬかと……」
「大袈裟だなぁ、ただ走っただけで。それよりほら、見て」
両膝をついて喘いでいた俺は、カンナに促されて顔を上げ、絶句した。
「私たちの"街"だよ!」
彼女の言う通り、俺の眼前を埋め尽くしていたのは--壮大なスケールの街並みだった。
特定の文化を感じさせない、猥雑で多国籍な風景だった。木造や煉瓦造りの住居。煙突から立ち上る快活な煙。緩やかに回る水車。出店や商店の立ち並ぶ活気ある大通りには人影が行き交い、街の中心には白い城のような巨大建造物がひときわ存在感を放っていた。
背の高い木の柵で覆われた街の威風堂々たる全容が、俺たちの立つ崖からは一望できた。
このとき俺は、自分が未知の怪物が住む、空の赤い不気味な異世界にいることを忘れた。立派な街並みの上に広がる空は、今は夕焼けのようにしか見えなかった。
「人が……こんなに」
すべり出た声は上擦り、震えた。それで自分が泣いていることに気づいた。大勢の人の、温かく元気な気配で満ちた街の姿は、俺に「何も心配することはない」と言ってくれているみたいで、無性に安心した。
「この景色、早く君に見せたくて、急ぎ過ぎちゃった。みんなこれを見ると少し救われるみたい。立てる?」
「……うん」
「よし、じゃあ行こっか」
頷いて立ち上がった俺は、涙を拭ってカンナと並び、ふと素朴な疑問を感じた。
「……どうやって行くの?」
森を抜けた先は崖で、その下に街が広がっている。高さは10メートル近くありそうだ。付近に迂回できそうな道も階段も見当たらないし--
「え、ちょっと?」
いい匂いが接近したと思ったら、俺の視界が90度倒れた。目を真上に向けるとカンナの笑顔がすぐ近くにある。いわゆる、お姫様抱っこをされた形だ。
「こうやって行くの!」
嫌な予感がして全力で抵抗するよりも早く、カンナが元気いっぱいに地面を蹴った。なす術なく訪れた浮遊感に、俺は全身を硬くして絶叫した。
「いぎゃああああああああああああっ!!?」
子どものようにカンナの首にしがみつく俺を抱きかかえ、カンナは反り立つ崖を滑るようにして街まで一直線に降下して行く。がつん、がつんと段階的に衝撃が襲い、体が激しく揺さぶられる。
「舌噛むから、口閉じてた方がいいよー」
涼しい口調で脅され、半泣きで口を閉ざす。ほんの数秒であれだけあった高さを下りきり、カンナは麓に無事着地した。
「楽しかった?」
「……あぁ、とっても」
おろしてもらった俺はガクガク震える足でどうにか立ち、憮然と呟いた。
「じゃ、悪いけど私はまた行かなきゃ。そこの門番さんがよくしてくれると思うから、街に入れてもらったらギルドを目指して。《白薔薇》って言ったら街の人全員に伝わるよ。中心にあるおっきな城がそれだから」
まくし立てるようにそう言ってもう背を向けかけているカンナに、俺は何も言えなかった。彼女がいなくなるとわかった途端、急激に心細さが蘇ってきた。
「そんな顔しないで。私が無事に帰ってこれたら、ギルドでまた会いましょう。あ、そうだ」
カンナはふっと魅惑的な笑みを浮かべると、少しだけ屈みこんで目線の高さを俺に合わせた。そのとき俺はなんとなく、彼女はもしかしたら一つ二つ年上かもしれない、と思った。
「君は命の恩人だったね。今夜、無事に再会できたら食事を奢らせて。美味しいステーキのお店があるの」
寂しさが、ふっとお湯に溶かされたような気がした。俺は夢見心地で頷いた。彼女はもう一度優しく笑って頷き、今度こそ背を向けると、顔つきを急変させてすぐ脇の雑木林に飛び込んだ。
俺は彼女との約束に励まされて、街をぐるりと囲う外壁と一体化した巨大な門を見上げた。その麓に立つ武装した門番は、俺と目が会うなり柔らかく笑ってくれた。俺は緊張を覚えながら、ゆっくり彼に近づいていった。
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