7月:ライラ

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まだ夢は覚めなかった。 まるで夢の中で生きてるかのように、一日は次々と過ぎていき、いつの間にか私は彼の胸元に花を添えていた。 彼の顔を見ても実感が湧かなかったし、 彼の骨を見ても最悪な夢物語だと思ってた。 冷たい石に刻まれた名前も読もうとしなかった。 家に帰っても彼のおかえりと言う声は聞こえない。 干しっぱなしの服、冷蔵庫に入った食べかけのアイスクリーム。 彼の生活はここにあるのに、彼だけがいない。 私は海に身を投げて悪夢を終わらせたの。 夢の中で死ぬと現実に帰れないって聞いたことあったけど、本当なのね。 だって私は今天国にいるんだもの。 私が話終えると雨の音が際立って頭に響いた。 「雨、止みそうにもないわね。」 雲の上じゃない上に晴れてもいないなんて不思議な気分ね。 「ここへ降る雨は誰かが今流してる涙なんだ。その人が泣き止んでも世界で誰かが泣いている。雨が止むことはないよ。」 「じゃあ、七夕の日は大雨だったのね。」 目覚めた時と同じように寝っ転がり天を見つめる。あの時はぼんやりしててわからなかったけど、空を覆っていたのは大きな傘だった。 ビーチにあるパラソルのようにカラフルで、どんよりとした天気に映えて綺麗。 「ライラ。君は人探しを手伝って欲しいと言ってたね。」 「えぇ。察してはいると思うけど、エディックを探してるの。」 夢の中で先に死んでしまったエディック。 きっとどこかで寝てるかもしれないから私が起こしてあげなきゃ。 「夢の中で死んだのなら、エディックはここにいないんじゃないのかい?」 「私も彼もまだ夢の中よ?」 私は夢の中で死んで、エディックも夢の中で死んでしまった。それなら会えるはず。だって同じ世界にいるのだから。 「本当に望むなら恋人のところへ連れて行ってあげる。」 「居場所を知っているの?お願い、私を彼に会わせて。」 「全てを投げ打つ覚悟はあるの?君の人生はエディックだけじゃない。父や母、友人に先生、学校だって。今までの21年間を捨てる覚悟はあるんだね?」 大学に入ってから私の全てはエディックだった。 だからエディック以外を、置き去りにしても… ふと夢の断片、病室で弱々しく縮こまった彼の母親の背中を思い出す。 子供の死に目を見届けた気持ちは私には想像が出来ない。それでもあの背中から悲しみを超えた何かを感じ取った。 私の、両親も… いえ、あれは夢の一部。現実じゃない。 本当に?これ程までに鮮明で記憶に(まと)わり付く出来事は、私の空想なの? 「その混乱は君の願望だ。」 私の、願望。 私が望んだから…夢であって欲しいと願ったから。じゃあエディックは… 「エディックの死が彼のものだけじゃなかったように、また君の死も君だけものじゃない。」 「…早く、目を覚まさなきゃね。」 「うん。」 ゆっくりと目を閉じて意識の奥深くに潜るように呼吸をする。 すると段々頭が鈍くなって肌寒さは消え、柔らかな草の感触もなくなった。 もう一度目を開けた先は真っ白な天井。 左手に暖かな温もりがあった。
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