第五章 金平糖の精

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 12月17日の午前中に山梨の山中で女性の白骨体が発見された。左の手首から先がなく、この白骨体がほぼ高山美晴のものと断定された。  同日午後3時。早河は成田空港のロビーである人を待っていた。ロシアから帰国した高山政行がこちらに歩いてくる。 高山は早河に頭を下げた。 『有紗が色々とご迷惑をおかけしました』 『こちらこそお嬢さんを危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ありません』 『早河さんのせいではありません。すべては私の責任です。有紗をまだ子供だと思って本当のことを言わなかった私が悪いんです』  ここにいるのはひとりの父親だ。すべてを受け入れ、すべてを飲み込み、覚悟を決めた父親の姿だ。 『先ほど、山梨で発見された白骨体が美晴さんのものと正式に断定されました。歯形が生前の美晴さんのものと一致したそうです』 『美晴が見つかりましたか……』 静止する早河と高山の前後左右を忙しなく人が行き来する。二人だけが無音の静止画。 彼らはまだその場に立ち尽くしていた。 『美晴の妊娠には驚きました。あの頃、体調が優れないとは言っていたのですが、まさか……』 『妊娠初期の段階だったと判断されています。今となっては確かめようもありませんが』 『正直なところ気持ちが追い付きません。美晴もどこかで生きてさえいてくれたらそれでいいと……』 高山は目を伏せた。産まれることの叶わなかった我が子と最愛の妻を亡くした彼の心情は計り知れない。 『有紗はどうしていますか?』 『香道の家に居ます。食事もとらずにずっと塞ぎ込んでいる状態です』 『美晴に会いに行く前にまずは有紗を迎えに行きます。あの子が私をどう思おうと、有紗は美晴と私の娘です』  高山の言葉に早河は頷く。二人は成田空港の出口に向けて歩き出した。  ──目の前にいるがお母さん? 信じられなくて信じたくなかった 優しく髪を撫でてくれた手 抱き締めてくれた柔らかな感触の肌 有紗って名前を呼んでくれた唇 笑いかけてくれた瞳 もう今はいない お母さんはもういない。 「お母さん……お……かぁさ……ん……」 霊安室のベッドにいたのは骨だけになったお母さんの姿。 ずっと会いたかったお母さん 私はお母さんに捨てられたんじゃないかって、ずっと思っていた。でも違ったんだね。 『お帰り……美晴』  お父さんが骨だけになったお母さんの手を握っている。お父さんは泣いていた。 私よりももっと大粒の涙を流してお父さんは泣いていた。 ああ、私ってまだ子供だな 一番悲しいのは私じゃなくて、一番お母さんの帰りを待っていたのは私じゃなくて お父さんだったんだ。 私はお父さんのおおきな背中に抱き付いた お父さんにこんな風に抱き付かなくなったのはいつからだろう? お父さんの背中は昔と変わらずおおきくてあったかい。 夏祭りの帰りに、遊園地で遊んだ帰りに、 遊び疲れた私をおんぶしてくれた背中 お父さんにおんぶされると自分の背が大きくなったみたいで、隣に並ぶお母さんの笑った顔が私の目線の下にあるの おおきな背中があったかくて安心して、いつも私はお父さんの背中で眠ってしまう  だけど今はお父さんのおおきな背中は震えていた 私が支えていないと倒れてしまいそうだった 私はお父さんの背中にしがみついてお父さんの服を涙で濡らした。 お母さん、おかえりなさい やっと家族三人が揃ったね  ──金平糖は有紗の御守りだからね。必ず有紗を守ってくれるからね―― お母さん、金平糖は御守りだったよ お母さんはずっと、金平糖の中から私を守っていてくれたんだね お母さん、お母さん……お母さん…… 大好きだよ…………
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