第一章 おかしな依頼

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第一章 おかしな依頼

11月28日(Fri)午後9時  スーツ姿の二人組の男が道玄坂二丁目の通りを歩いている。11月最後の金曜の夜、渋谷の街は浮かれていた。 『せんぱぁーい。本当にそんな天国みたいな店あるんですか?』  赤い顔をした熊井は少し先を歩く岩田に聞いた。 岩田は熊井の二つ年上の大学時代の先輩だ。熊井は29歳、岩田は31歳、10年の付き合いになる。 今月の初めに久しぶりに飲もうと岩田から連絡があり、今日に至った。 岩田は振り返り、品のない笑みを浮かべた。 『それがあるんだよ。行ってびっくり、まじ天国』 『本当ですか?』 『お前も行けばハマるって。可愛い女子高生だらけなんだから』 岩田の頬もほんのり赤らんでいる。渋谷に来る前に二人は恵比寿の居酒屋で飲んでいた。 『俺はロリコンじゃないっすよ』 『そういう奴に限ってゾッコンになるんだよなぁ』  熊井はいまだ半信半疑だった。飲んでる最中に岩田から聞いた話によると、渋谷に女子高生と遊べる店があるらしい。 店は会員制の事前予約制。新規の客は会員の紹介がなければ入れない。 『ちなみにどれくらいあればいいんですか? 月末ですし手持ちあんまり……』 『俺の紹介があるから大丈夫だ。追加料金さえとられなければそこまで高額にはならねぇよ』 岩田はその店の会員。それも会員の中でもランクの高い地位にいるようで、岩田の紹介で熊井は今夜店を訪れることになった。 『クマは最後に女を抱いたのはいつだ?』 『……3年前……ですね』  熊井は前の彼女に苦々しい思い出がある。別れ方が最悪だったその元カノのことはできればもう忘れたい。 3年前の彼女と別れて以来、女という生き物が信じられず恋人を作る気にもなれなかった。 『じゃあそろそろ限界だろ。自己処理も虚しいしな』 『まぁ……でも女子高生じゃなぁ』  相手が高校生では気が進まない。第一、これは犯罪ではないだろうか? 条例で禁止された行いのはずだ。 『だから実物見ればハマるって。綺麗所が揃ってるんだ。俺も今月はあんなことがあって止めておこうかと思ったんだけどなぁ……やっぱり男の生理現象ってヤツで』 『あんなこと?』 岩田の表情が初めて曇った。彼は口をモゴモゴ動かして曖昧に笑って見せる。 『もう2週間前か。渋谷で女子高生の死体発見ってニュースあったの見てない?』 『あー……そう言えばそんなニュースありましたね。殺されたんでしたっけ? ワイドショーでかなり騒がれてて……』 『殺された子、今から行く店の子だったんだ。瑠璃(るり)って子で俺のお気に入りだった子』  岩田は携帯電話の画面を熊井に見せる。画面に映るのは岩田と茶髪のボブヘアの少女のプリクラ画像だ。 女の子は丸い目がぱっちりしていて可愛らしい。 『えっ……この子が殺されたんですか?』 『みたいだな。俺も店で聞いて驚いた。今月誕生日で18になったばかりだって言うのにな。この子、いい身体してたんだぞ。俺との相性が最高だった』  岩田と熊井は賑やかな通りから路地裏に入った。雑居ビルが建ち並ぶこの界隈は渋谷の裏側。  岩田はプリクラ画像の他にも携帯電話で撮影した瑠璃の写真を見せた。これは死者への冒涜かもしれないと思いつつ熊井が盗み見たその写真は、一糸(いっし)纏わぬ姿で左右の脚を大きく広げた少女の写真だ。 何枚も何枚も、扇情的なポーズで写る裸の瑠璃の写真が岩田の携帯に表示された。 『アソコの色も綺麗だし胸も大きくて形もいいだろ? 昨日は瑠璃の“これ”で処理させてもらったんだけどな。どうしても本物には勝てない。もういない子を追いかけても仕方ないしな』  岩田は携帯をしまう。熊井の脳裏にはたった今見た瑠璃の裸体の残像がちらついて、この少女が殺されている事実を考えるとなんとも言えない気持ちになった。 『瑠璃は客に殺されたってもっぱらの噂』 『客って……』 熊井は横目で岩田を見た。岩田は殺された少女の裸の写真を見せびらかすような男だ。 岩田のデリカシーに欠ける性格は大学時代から変わらない。 熊井の疑惑の視線を浴びて岩田はまた下品に笑った。 『言っとくけど俺じゃねぇよ。首絞めプレイは好きだが殺しはしない』 『当たり前ですよ。一瞬ドキッとしましたけど……』 熊井は無意識に岩田との間を距離を空けて歩いている。岩田はそんなことは気にもせずに口笛を吹いていた。  11月は秋になるのか、冬になるのか、子供の頃からの熊井の疑問だった。身を竦めたくなる風は冬の風だ。 『でもお気に入りの子が死んだのにまだ通うんですか?』 『さっきも言っただろ。写真や映像じゃ物足りなくなる。どうしたって生身の女の方が気持ちいい。瑠璃の件は残念だが、自分の妹や友達の子供が殺されたわけでもない。こっちもあっちもビジネスの付き合いだ。それはそれ、これはこれ。瑠璃の代わりはいくらでもいる』 岩田がプリクラ画像や写真をまだ消さないで持っている辺りは瑠璃を偲んでいるのかもしれないが、それと性的欲求は別物だ。 そういうものかもしれない。熊井も女はもうこりごりと言いながら結局は女を欲している。 『ほら、着いた。ここだ』  岩田が足を止めた。五階建てのビルのテナントは一階がコンビニ、二階はネットカフェ、三階はダイニングバー、四階がゲームセンター、五階がカラオケ。 地下一階は〈フェニックス〉の名前がついたクラブだ。 『先輩、ここ……はありませんよ。もしかしてクラブに?』 『店があるのはクラブの下。地下二階』  コンビニ横のビルの入り口を通る岩田を熊井が追いかける。 『地下二階? 看板には地下一階までしか……』 『だから店が会員制なんだ。地下二階は男と女の秘密の楽園』  岩田のいちいち気取った喋り方も昔と変わらない。顔はイケメンの部類ではないが、甘い言葉で岩田は何人もの女を落として遊んできた。 今は恋愛をするよりも十代の女の子と遊ぶ方が気楽でいいとさっきも飲みながら饒舌に語っていた。結婚する気も当分なさそうだ。 そんな予定はまったくないが、もしも自分が結婚する時は結婚式に岩田は呼びたくないと熊井は密かに思っていた。
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