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ピンク色のチークが池内眞子の頬を染める。11月に発売した海外ブランドの限定物のチークだ。メイクの仕上がりに満足した眞子は隣のドレッサーでメイク直しをする倉木理香の手元を見た。
「リカ先輩のグロス可愛いー! 新作ですかぁ?」
理香の手元からベージュピンクのリップグロスを取り上げた眞子はグロスを目の高さまで掲げて商品の名前を確認する。理香は顔をしかめて無言で眞子からグロスを取り返した。
眞子は理香の態度をさして気にもせずにツインテールの結びを直し出す。理香は眞子から取り返したグロスを唇に塗っていた。
「そうそう、今月の売り上げ、私が1位っぽいです。やっぱりぃって感じ」
ツインテールの結びにピンク色のリボンを巻き付けた眞子が嬉々として言う。
「瑠璃がいなくなったからね」
理香はクールに返答した。理香の衣装は制服のコスプレ。グレーのセーターに紺のチェックスカート。緩く結んだネクタイはネットで売られていた有名進学校のネクタイだ。
対する眞子はピンク色のメイド服。ミニ丈のスカートから覗く眞子の白い太ももには黒のガーターベルトがついていた。
「瑠璃を殺ったの誰だと思う?」
「さぁー? 私はリカ先輩と違ってルリ先輩とは仲良しでもなかったから興味もないです。殺したのは客の誰かだって噂だけどルリ先輩とは客被ってないしぃ」
童顔で黒髪のツインテールにメイド服、徹底して幼い印象を植え付けておきながら脱がせば挑発的な下着を身につけた身体が現れる。ギャップを狙う眞子の十八番の手だ。
あざとくて計算高い眞子が理香は嫌いだった。男の前ではぶりっ子な眞子の策略を知らない男はまんまと眞子の手中に落ち、夢中になる。
「でもルリ先輩の太客が流れてきてるリカ先輩は気を付けた方がいいんじゃないですかぁ? さっき指名入った岩田って人もルリ先輩の客でしたよね。首絞めが激しくてみんなに嫌がられてる人! やっぱりリカ先輩も首絞められちゃいます?」
理香は質問には答えない。瑠璃の客が自分に流れてきたことは売り上げとしては嬉しくても、それは瑠璃がこの世にいない証明でもある。
瑠璃は友達だった。いなくなって寂しい。悲しい。
理香が人生に絶望していたあの頃、この場所に誘ってくれたのは瑠璃だ。「ここに居ればみんなあたし達を必要としてくれる」瑠璃はよくそう言っていた。
「先輩、殺されないでくださいね? マコ、心配だなぁ」
眞子は心にもないことを平気で言う女だ。
先に部屋を出ていく眞子の背中に向けて理香は舌打ちした。どうして殺されたのが友達の瑠璃で、大嫌いな眞子が生きている? 世の中不条理だ。
ピンクのカーテンを引いて部屋を出ると通路にドレッドヘアーのサトルが立っていた。先ほど眞子と理香の指名が入ったことを告げてから彼はずっとそこに居たようだ。
『まーたマコと喧嘩?』
「あいつホントうざい」
『まぁまぁ。機嫌直せよ』
サトルが理香にキスをする。グロスがとれるからと拒んでいた理香も次第に抵抗を止めて彼を受け入れた。
「ねぇ、あの岩田って客イヤ。首絞めてくるし変な声出すしヘタクソ。そのくせ自分はテクニックがあって上手いと思ってるバカ。ヤバいポーズやらされて写真も撮ってくるし、瑠璃もよくあんな変態の相手してたよね」
『おいおい。うちの上客の悪口言わないの。岩田は顔からして下手そうだけどおだてれば金落としてくれるチョロい客なんだぜ』
二人はキスを続けた。理香を指名した岩田が席で待っているが、少しくらい岩田の連れの相手をしている“店のナンバーワン”の眞子に岩田の分を負担してもらってもいいだろう。
『あ、でも……』
「なに?」
『岩田は首絞めやりまくって評判悪いから近々ブラックリスト入れるってオーナーが言ってた。そのうち出禁になるんじゃねぇの? 理香もあと少しの辛抱』
甘い声を出して笑いながら理香とサトルは抱き合う。
この日が倉木理香が池内眞子を見た最後の夜だった。
――眞子のメイド服から覗く黒のガーターベルトに熊井は釘付けになる。誘われるまま白い太ももの先に手を忍ばせた。そこは男の興奮を煽る領域。
間近で見る眞子は元カノのミサによく似ていた。人生で一番好きだったミサ。忘れられない過去の甘い思い出。
思わず漏れたミサの名前に眞子は微笑んだ。性接待をする女に元カノの幻影を重ねる男は多い。眞子も身代わりにされるのは初めてではない。
「ミサでいいよ。今だけは私はあなたのミサちゃんだよ」
『ミサ……』
ミサ、ミサ……と熊井は繰り返してミサになりきった眞子とキスをする。乱暴に脱がしたピンクのメイド服から現れた黒い下着を見て、熊井の理性は限界を越えた。
隣の部屋では倉木理香があの岩田と真っ最中だ。たまに漏れ聞こえてくる岩田の雄叫びに眞子は笑いを噛み殺した。
岩田は欲情すると雄叫びをあげる。岩田の雄叫びも女の首を絞めながらの射精もこの店では有名だ。
眞子をミサと呼ぶ熊井は裸にした眞子を四つん這いにさせ、彼女の尻に顔を埋めた。
尻の割れ目や穴を指や舌でなぞる熊井の奇行にはこれまで色んな客の相手をしてきた眞子もぞっとした。性癖がノーマルではない客も多いが、尻の穴を好む客はあまりいない
これも元カノのミサにしていた行為なのだろう。こんな風に身体をオモチャみたいに扱われてミサは嫌じゃなかったのか、きっと嫌だったに違いない。
嫌だったからミサは熊井を捨てた。
身体を重ねれば男の性質は大抵わかる。熊井は女に捨てられるタイプの男だ。
そしてどうして自分が女に捨てられるのかわかっていないタイプでもある。
熊井も岩田も他の男も、男は馬鹿で単純な生き物だ。
昔の女はもうお前のことは忘れて他の男に抱かれている。ミサって女もきっと熊井のことを思い出しもしないだろう。
そのまま後ろから熊井が入ってきた。熊井は眞子をミサの身代わりにして男の欲望を解放している。
眞子は冷めた心で感じている演技をした。
手練れの客だと演技では騙せないこともあるが、場数の少なそうな熊井は騙せる側の男だろう。
テクニックは四十点。自分本意の下手くそな性行為。今夜の締めとしてはハズレの客だ。
眞子にとって熊井が文字通り最後の客になることを彼女はまだ知らなかった。
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