第五章 金平糖の精

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 佐伯洋介は有紗を拉致した翌日、16日の午前中に意識を取り戻した。 身柄はいずれ警視庁に移送されるが、ひとまず山梨県警で彼の取り調べが行われた。  事の発端は6年前の2002年。岡本美晴の名前を冠したバレエ教室に当時の佐伯の教え子が通っていたことがきっかけで佐伯は美晴の近況を知った。 翌年に美晴のバレエ教室を訪ねた佐伯は後日また会いたいと彼女を誘い、約束の日が7月16日になった。  2003年7月16日。仕事を終えた佐伯は美晴を豊島区の自宅アパートに連れていく。 佐伯は美晴に交際を申し込んだが美晴は彼を拒絶。拒絶の理由は高山政行と結婚しているからだけではなく、幼なじみの佐伯のことを異性としては見れないと彼女はハッキリ告げた。 『交際しなくてもいいから俺の子供を産んで欲しいと頼みました。でも美晴はそれすらも拒んだ。お腹に今の夫との子供がいるかもしれない、アイツはそう言ったんです』  美晴の妊娠は夫の高山政行も知らない。 まだ母子手帳もなく、産婦人科にもこれから行く段階だった。妊娠の事実を知るのは美晴のみ。 美晴の遺体が白骨化している以上、彼女の骨が見つかっても佐伯の証言の確証は得られない。しかしそれが佐伯のさらなる怒りに繋がったとなれば、おそらく美晴の妊娠は事実だろう。 佐伯は美晴だけではなく、高山政行との間に宿った小さな命も無惨に殺していた。 『他の男の子供なんかもう二度と産ませない。だから無理やり種付けしたんですよ』  佐伯は嫌がる美晴を強姦し、事を終えた後に彼は無意識に美晴の首を絞めていた。自分の子供を産めと強要しておきながら佐伯は美晴を殺していた。 『美晴が処女じゃなくなったあの日……俺がどんなに悔しかったか。美晴は17歳になったら処女を兄貴にあげるんだと、俺に無邪気に言って笑っていたんです。高校二年の春休み、あの日は美晴の17歳の誕生日の翌日だった。両親が不在の家であの二人は……。兄の部屋から聞こえたんです。ベッドが軋んで、美晴が女になった瞬間の声…“たっくん”って甘く叫んだ美晴のあの声は今でも忘れない。美晴は俺の聖母マリアなのにあの日からアイツは処女じゃなくなった。美晴は兄貴に(けが)された。最後はあの身体に兄貴の子供なんて宿して』  美晴を殺害した後も彼は美晴を屍姦(しかん)した。一晩中、美晴の亡骸との秘めやかな逢瀬を楽しみ彼女の身体を自分の欲望が詰まった精液にまみれさせたと言う。  事のおぞましさに上野警部や取り調べを担当した山梨県警の刑事達も吐き気が込み上げる。同席していた小山真紀は堪えきれずに席を外した。  殺害日が7月16日なのに対し、死体遺棄日が翌日17日、日付としては7月18日になったのはこの残虐な逢瀬のためだった。 隣人の大学院生の石田が毛布を抱えた佐伯を目撃したのは7月18日の深夜1時頃と推測される。  一晩中、美晴を屍姦し続けた佐伯は翌日も学校に出勤し、なに食わぬ顔で生徒達の前で教鞭を執っていた。恐ろしい二面性だ。  美晴の死体は山梨県内の山の中に埋めた。左手だけは手首から先を切断し、死体が腐敗して白骨化するまでの間は聖蘭学園の礼拝堂裏にある桜の木の根元に左手を埋めていた。 白骨化した頃合いを見計らって桜の木の下から美晴の左手を掘り返した佐伯はそれを5年間自宅に隠し持っていた。 美晴の左手を切断した理由を佐伯はこう述べている。 『だって美晴の姿が完全に消えてしまうのは寂しいじゃないですか。手だけでも永遠に俺のものにしたかったんですよ』
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