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東堂孝広と共に何者かに殺害された21歳のダイニングバー従業員、飯田未菜は5年前は聖蘭学園の一年生だった。
担任教師の佐伯と肉体関係のあった未菜は佐伯に売春組織設立の話を持ちかけられ、計画に乗った。
彼女自身は売春組織MARIAには所属せず、聖蘭学園の学校裏サイトを利用して巧みに生徒を売春の道に誘い込んでいた。
聖蘭学園卒業後はあのビルのダイニングバーでバイトをしながら影でMARIAを指揮。
MARIAの収益の50%が佐伯と未菜に、あとの25%ずつがカオスと東堂孝広に流れていた。
巻き添えの被害者だと思われていた未菜は売春を斡旋していた加害者であった。東堂孝広と飯田未菜を殺害した犯人に佐伯は心当たりがないと語る。
『読むだけで憂鬱になる調書ですね』
『まったくだ。まさか東堂孝広と一緒に殺された女が佐伯と組んでいたMARIAの黒幕だったとはな。東堂殺しの捜査は案の定、行き詰まってる』
東堂孝広と飯田未菜の殺害時刻、道玄坂二丁目のあのビルの監視カメラはハッキングされた形跡があった。ハッキングをしたのが佐伯の話に登場するスパイダーだとすれば……。
『スパイダー……辰巳時代のカオスには見なかった名前ですね』
『辰巳がキングだった頃とは時代が違うからな。ネットが普及した社会ならではの存在だろう。佐伯の携帯とパソコンのデータがご丁寧にすべて破壊されていた。科捜研が復元を試みているがそう簡単にはいかないらしい』
『その一流のハッキングの腕を持つスパイダーが佐伯の携帯やパソコンに残る自分やカオスの痕跡を消したんですね』
早河は調書のコピーを無造作に放った。
佐伯は高山美晴や四人の女子高生を殺害したことに一抹の罪の意識も感じていない。
仮にも恋人だった神田友梨への言及もなかった。彼にとっては友梨も過去に言い寄ってきた教え子の飯田未菜と同じ、居ても居なくてもかまわない存在だった。
彼の異様な執着は初恋の女性の美晴とその娘の有紗にだけ向いている。
『家出した高山有紗の居所も佐伯は有紗の携帯をハッキングして常に彼女の居場所を掴んでいた。だが表向きは教師として有紗を捜すフリをしなくてはならない』
『そこでスパイダーが俺に依頼しろと……いや、スパイダーではなく貴嶋の差し金でしょうね』
『まさか有紗が母親捜しを依頼するとは佐伯も考えもしなかったようだ』
『佐伯の計画を破綻させたのは俺ではなく、母親に会いたいと望んだ有紗のワガママだったんですよ』
やりきれないこの想いはどこにもぶつけようがない。
有紗はなぎさの家で一日中ベッドに臥せっている。食欲がなく何も食べていないとなぎさが心配していた。
明日には高山政行がロシアから帰国する。
美晴を失った彼らは今後、義理の父と娘としてどのように向き合っていくのだろう。
血の繋がりも確かに大事だ。しかしそれ以上に大切なものが人と人の間にはある。
血の繋がりがある親子だとしても希薄な親子関係は存在する。現にMARIAに所属していた少女達は実の親の愛情を充分に得られず、親から愛されないからこそ他者の愛情を欲した。
血縁関係だけが家族を繋ぐ要素ではない。血の繋がりがありながら関係が希薄な親子もいれば、実の親子ではなくとも時には血の繋がり以上に濃い信頼関係を築きもする。
父の友人であり現在は後見人の立場にいる武田財務大臣と早河がそうであるように。
高山政行と有紗の父娘もそうであって欲しいと、早河は願った。
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