第一章 梅雨、たびたび動揺

9/10

105人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
 外は雨  雷鳴鳴り響く闇の中  殺意の憎悪渦巻いて  鮮血の雨が降り注ぐ……  午後8時の東京都港区の上空には暗く黒い雨雲が月を覆い隠していた。 寺沢莉央はショパンの音色に耳を傾けている。強い雨粒が窓に打ち付けた。 こんな嵐の夜はクラシックをBGMにしてホームプラネタリウムを部屋に創りたくなる。 最後にプラネタリウムに行ったのはいつだった?  彼女は胸元に手を伸ばす。繊細なゴールドチェーンの先には金の指輪がひとつ。母の形見の指輪だ。 あの頃、大切で耀いていたもの。 あの頃、必死で守りたかったもの。 それは今もまだ此処にある。これさえあれば何もいらない。  スコーピオンがティーセットを載せたトレーを持ってソファーの横に立った。 『先ほどキングから連絡がありました。クイーンにはしばらくお一人での外出は控えるようにと』 「ひとりでの外出禁止? 何があったの?」 『九州の高瀬組がキングに対抗勢力を向けたのです。キングは相当お怒りのようで、高瀬との抗争は避けられないでしょう』 莉央専用のウェッジウッドのローズ柄のティーカップにスコーピオンが熱い紅茶を注ぐ。 「それでキングは朝からいないのね。キングは今は九州?」 『大阪にいらっしゃいます。高瀬にも警察にもこちらの動きを勘づかれないためです』  今夜の紅茶はセイロンのキャンディだ。 紅茶の色は綺麗な琥珀色。彼女はストレートのままゆっくりと喉に流し込んだ。甘く、まろやかな味わいだ。 「何かあると私を外出禁止にするんだからキングも心配性ね」 『キングは貴女の身を案じていらっしゃるのですよ。キングの恋人であるクイーンを狙う輩は多い。これも貴女を守るためです』 彼は眉を下げて優しく微笑んだ。 「しばらくって、いつまで?」 『早急に(かた)を付けると仰っていましたので、2、3日の辛抱かと』 「あなたはキングのサポートに行かなくてもいいの?」 『私は店もありますし、高瀬の連中が貴女を狙ってくるかもしれません。クイーンを御守りするのが私の任務です』 「頼もしいスコーピオンがいてくれるなら外へ出てもかまわないでしょう?」 『どこかお出掛けになりたい所が?』 「銀座にお買い物に行きたいの。あと、プラネタリウムにも行きたいな」 苦笑いして頷くスコーピオン。彼女の頼みは何でも聞いてあげたくなる。 『わかりました。では明日にでも出掛けましょう』 「ええ。そうだ! スパイダーもお誘いしようかな。彼、星座に詳しいの。一緒にプラネタリウムに行けばきっと楽しいわ」  ニコニコと笑って明日の計画を立てる莉央は小さな子どものようで、スコーピオンは娘を見守る父親にも似た、温かな眼差しで莉央を見つめていた。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加