第二章 霧雨、のち波乱

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 新幹線が新横浜を過ぎてさらに西へ走る。神戸まで2時間40分の旅だ。  なぎさの座席は三人席の通路側。同じシートには窓側に新人女優の沢木乃愛、中央にヘアメイクの西森結衣が座っている。 なぎさのいる座席と通路を挟んだ反対側の二人席には玲夏がひとりで座っていた。  玲夏のマネージャーの山本沙織は抱えている他のタレントの仕事の都合で、急遽神戸ロケ初日に同行できなくなった。沙織は明日、撮影に合流する予定だ。 沙織がいない間の玲夏のスケジュール管理や身の回りの世話をなぎさが引き受けることになった。付き人の仕事や潜入調査のフォローをしてくれる沙織がいないのは非常に不安だが、やるしかない。 (それにしても疲れた。情報通り、速水杏里には要注意かも) 容疑者リスト③ 速水杏里 26歳。本名同じ 元グラビアアイドル。女優歴4年。 演技は下手ではないが上手くもなく、ドラマよりはCMやバラエティー起用が多い。北澤愁夜と同じく、芝居よりは顔で売っている。 ワガママで女王様気質な性格のために、業界での評判は悪い。  杏里の役は柚希(本庄玲夏)の妹が殺された事件を取材する雑誌記者、末永(すえなが)(ひとみ)役。 ~速水杏里が容疑者になる理由~ ・玲夏がオファーを受けた再来年公開予定の映画の主役候補として杏里も浮上していた ・北澤愁夜と交際中(遊びか本気かは不明)  恋人の北澤が玲夏に言い寄っていたこと、映画の主演が玲夏に決まったことで玲夏を恨んでいる? 嫌がらせが始まったのが玲夏に映画主演のオファーが来た直後ということで、嫌がらせの犯人の可能性が極めて高い。  時刻は午前8時を過ぎた。新横浜を過ぎてノンストップで走っていた新幹線が間もなく名古屋駅に着く。撮影チームで貸し切り同然の16号車の車内は静かだった。 「あら、乃愛ちゃん。またいちごサンド? 本当に苺好きよね」  結衣が乃愛に話しかけている。乃愛はボリュームのあるサンドイッチの包みを嬉しそうに開けていた。 「今日はクリームたっぷりのスペシャルいちごサンド。これ、とっても美味しいですよ」 彼女は生クリームといちごが詰まったサンドイッチを笑顔で頬張っている。  ◆沢木乃愛、19歳。本名同じ。 所属事務所は玲夏や蓮と同じエスポワール。 17歳で出場した美少女コンテストでグランプリを受賞し、芸能界デビュー。 ふんわりした雰囲気と愛らしい笑顔でファンからは“癒しの天使”と名付けられている人気上昇中の新人女優だ。 乃愛は嫌がらせの容疑者リストには入っていない。 【黎明の雨】では柚希(本庄玲夏)の妹の白峰(しらみね)若菜(わかな)役。 「いちごミルクの飴もあるんです。よかったらお二人もどうぞ」  乃愛がピンク色のポーチからいちごミルクの飴を出して結衣となぎさに手渡した。結衣がポーチを指差す。 「そのポーチ、玲夏と色違いよね」 「はいっ! 玲夏さんの持っている物が素敵で、同じものを……」 「玲夏は乃愛ちゃんの憧れだもんね」 「はい。女優としても女性としても玲夏さんみたいな人になりたいです」 彼女が癒しの天使と言われる理由がわかる。芸能人なのに気取らず、気配りもできる乃愛の人柄に好感が持てた。  なぎさは乃愛から貰った飴を口に入れ、今後のスケジュール確認をしようと足元のハンドバッグに手を伸ばす。手帳だけを取り出してバッグを戻す時に、通路を挟んだ斜め前の座席にいる一ノ瀬蓮がこちらを見ていた。 蓮と目が合ったが、彼はすぐになぎさから目をそらして前を向いてしまった。 (一ノ瀬さんどうしたんだろう?)  新大阪を過ぎた新幹線は午前9時17分に新神戸駅のホームに到着する。今日の神戸の天気予報は曇りのち雨。生暖かく湿った風がなぎさの頬をかすめた。
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