第二章 霧雨、のち波乱

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   ──東京──  早河仁は文京区音羽の出版社を訪れた。 この会社から出版されている週刊Mondayの副編集長の壁屋(かべや)とは刑事時代からの顔馴染みだ。 『早河さん風邪ですか? 声かすれてますよ』 『あー……少し熱っぽいかも』  早河は鼻をすすり、かすれた声で返事をする。昨日、雨の中を傘も差さずに走ったせいか今朝から体調が優れない。 壁屋がティッシュを箱ごと早河に差し出した。有り難くティッシュを頂戴して鼻をかむ。 『気を付けてくださいよー。早河さんは自分を粗末にする癖がありますからね』 『そのセリフ、色んな奴に言われる。で、頼んでおいたネタは?』 『本庄玲夏を張ってる記者ですよね。彼女はスキャンダルがまったくない女優なので張ってる記者も少なめではありますが……。最近、本庄玲夏をマークしている記者はコイツです。津田弘道』 壁屋がメモ用紙を早河に渡した。 『フリーの記者か』 『津田はうちの業界でもブラックジャーナリストで有名な奴です。津田のネタでうちもだいぶ儲けましたけど、とにかくネタの仕入れ方法がヤバい。偽造捏造お構い無し。本庄玲夏も厄介な奴に目を付けられちまいましたね』 『津田が玲夏を張り出したのはいつ頃だ?』 『1ヶ月前です。今のところ目ぼしいネタはないようですよ』  1ヶ月前ならゴールデンウィークの頃だ。例の手紙が届いたのも事務所への嫌がらせが始まったのも5月初旬、時期としては一致している。 『しかし早河さんが本庄玲夏の依頼を受ける日が来るとは。元カノの窮地を救うために奔走するイケメン探偵! って特集組んでもいいですか?』 『却下。それやったら社会的に抹殺するぞ』 『怖いなぁ。元刑事の言葉とは思えませんよぉー。今日はいつも連れてる美人な助手さんはどうしたんです?』 『アイツも別の仕事があるんだ。そういつも一緒にはいねぇよ』  立ち上がると目眩がした。熱は測っていないが微熱以上の自覚はある。 なぎさが一緒にいれば「家でおとなしく寝ていてください」と言うだろう。想像すると妙に笑えてくる。  出版社のビルを出た彼を迎えるのは蒸し暑い水無月の空気。東京の空は分厚い雲の隙間から日が差している。 次第に明るくなる東の空とは反対に、西側はどんよりと黒い雲に覆われていた。  それは波乱の(きざ)し  黒い雲から降り注ぐのは  憎悪を孕んだ黒い雨
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